京都、奈良、高野山へ――空海さんと密教を巡る旅!②乙訓寺


長岡京・乙訓寺(おとくにでら)

洛北の高雄山寺こと神護寺を含む「三尾」を尋ねた翌日、小雨の中を電車とバスを乗り継ぎ、乙訓寺へと向かいました。

JR京都駅から約10分ほどの長岡京駅で下車、バスでさらに15分ほど。「光明寺行」のバス、というのがゆかしいですね。
光明寺と言えば、浄土宗の開祖・法然上人さん縁のお寺。こちらもぜひ拝観したいところですが、なにしろ雨で足元も良くないので、今回はあきらめました。

バス停から、住宅街を10分ほど歩くと現れたのがこちら。

……あれ?

想像していたのより、だいぶコンパクトな…。
いえ、すみません、失礼な物言いになってしまいましたが、乙訓寺と言えば、例の早良(さわら)親王が幽閉されたお寺です。

早良親王は、桓武天皇の同母弟であり、皇太弟でしたが、無実の罪を着せられ、廃太子となり、非業の死を遂げられた方。
じつは、この早良親王という悲劇の人物が、後の京都(平安京)をつくりだしたと言っても過言ではないのです。憤死された後、桓武天皇の身の回りの大切な人が次々に亡くなり、親王の怨霊の祟りだと考えられました。
その祟りから逃れるために、長岡京を遷都し、平安京に遷ったとされています。まさに「御霊(ごりょう)」--日本史上特筆すべき怨霊のおひとりと言っていいでしょう。
当時の皇太子という高貴な容疑者を幽閉する場所として選ばれたのが、この乙訓寺なので、勝手に想像を膨らませてかなり大規模なお寺を想像してしまっていたのでした。

もう少しすると、ボタンが咲き乱れて多くの人が訪れるそうですが、この日は寒いし雨は降っているしで、ほとんど参拝客はいません。

左手に見える鳥居は八幡神のお社。右手奥が本堂になります。
じつは、この「八幡神」というのが、こちらのお寺のキモと言っていい存在なのです。

桓武天皇にまつわる怨霊と、鎮護国家の道場

ちなみに、空海さんは、神護寺の後、嵯峨天皇の勅命によりこの乙訓寺の別当になりました(811年)。「高雄山寺(神護寺)では不便なので」という理由だったらしいんですけど、それならもっと御所に近い場所のお寺でも良かったのでは?と素朴に思います。長岡京の故地にあるお寺なんて、ちょっと遠すぎませんか。
嵯峨天皇は、空海を別当に命じこの地を「鎮護国家の道場とした」そうなんですが、それはやはり、親王の怨霊鎮めと無関係ではなさそうです。
嵯峨天皇は、早良親王の甥にあたるのです。親王が憤死されたのは785年。嵯峨天皇は786年生まれですから、生前の交流はありえませんが、実母である藤原乙牟漏(おとむろ)皇后は、親王の祟りによって亡くなった(790年)と考えられていましたから、思いは切実だったことでしょう。

事件の時、空海さんは12歳でした。まだ故郷の讃岐国に居ましたが、この大事件を知らないはずがないのです。なぜなら、空海さんの母方の伯父である阿刀大足(あとのおおたり)は、桓武天皇の第三皇子・伊予(いよ)親王の侍講(学問の師として使える役職)だったんですから、とても近い感覚でこの大事件について聞いていたはずです。
ちなみにこの伊予親王も悲劇の人。807年に無実の罪を着せられ自害して、のちに怨霊になっています。パターンは早良親王とほぼ一緒です。

いやもう、実に。

桓武天皇の周りは、怨霊だらけです。
そもそも、桓武天皇が皇位に就く際にも、異母弟で皇太子だった他部(おさべ)親王と、母・井上内親王も、これまたほぼ同じパターンで廃皇后・廃太子、憤死→怨霊化しています。

弘法大師が住まったお寺のご本尊は「合体大師」

こちらのご本尊は、その名も「合体大師」とおっしゃいます。
私はそのことを本田不二雄さんのご本『弘法大師 空海読本』(原書房)で初めて知りました。

「合体大師」??

なんですか、それは!?

改めてお寺のHPを拝見しますと…

ーー空海が八幡大神(大菩薩)の姿を彫っていると、翁姿の八幡大神(大菩薩)が現れ、「力を貸そう。協力して一体の像を造ろう」とお告げになり、八幡大神は大師をモデルに肩から下、大師は八幡大神をモデルに首から上をそれぞれ別々にお彫りになった。出来上がったものを組み合わせると、寸分の狂いもなく、上下二つの像は合体したという。この像はしび制作縁起から「互為の御影」と語り伝えられ、八幡社は今の境内の一角にある。(公式HPより引用)

むむむむ。

つまり、お顔は八幡大菩薩。肩から下は、弘法大師のお姿だと、そういうことですね?

しかも、八幡神の姿をつくろうとしているところに、本人が登場して「半分つくるよ」と言って、顔から下を彫り手であったはずの空海さんにしちゃった、ということですよ。なんと秘密めいて、暗示的なお話なんでしょうか。
(ご朱印も、もちろん「合体大師」です)

ちなみに、お像は秘仏ですが、今のご住職は一度だけ、阪神淡路大震災で被害を受けた本堂の修復のためにお像をご覧になったんだと、ご朱印を書いてくださった奥さまからうかがいました。
「お嫁に来てからは一度もあけていないから、私は拝観したことがないんですよ」
と奥さまがにっこり。今後は33年に一度のご開帳と決められたそうなので、生きてる間に一度拝観できそうでよかった、なんてお話ししました。気さくな優しい奥さまでした。

空海さんと八幡神の深いつながり

先にご紹介したご著書の中でも、本田さんは空海さんと八幡神の不思議なほど濃い関係について、考察されています。詳しくはぜひ本書をご覧いただきたいのですが、じっさい、あまりよくわかっていない私ではありますが、そもそも神護寺が「和気(わけ)氏」の氏寺であった時点で、「おや?」と思うわけです。

和気氏といえば、これまた古代史上大事件「道鏡事件」で大きな功績のあった、和気広虫(わけのひろむし)と和気清麻呂(きよまろ)姉弟のあの和気氏です。

道鏡事件をざっくりまとめれば、女帝・称徳天皇が、寵愛していた僧侶・弓削道鏡を天皇にしたいと考えたものの、宇佐神宮のご神託により、天皇にするのをあきらめた、という事件です。

この時、宇佐神宮に使いをして「道鏡を天皇にしてはいけません」というメッセージを持ち帰ったのが、和気清麻呂でした。

宇佐神宮というのは、八幡神のお社のことです。つまり、このご神託は八幡神が発したものでした。

ここでも、素朴な疑問が湧いてきませんか。

「誰を天皇にするかという大問題を、八幡神の意見で決めちゃうの?……なんで??」と。

もちろんこの疑問に関しては、学者の先生方がありとあらゆる仮説を唱えておられます。これまたざっくりとまとめてしまえば、天皇位を含め、権力をめぐる抗争が激しく行われている中、八幡神をトーテムとするグループのようなものがあり、何かこう、大きな力を持っていた一つのポイントだった、ということなんでしょう。
(八幡神は一般的に皇祖神とされますが、成り立ちからしてもともとは宇佐を中心とした地域を代表する尊格だろうと私は思っています)

ちなみに、和気氏は岡山のあたりの豪族で、別に八幡神をトーテムにする氏族ではありません。しかし、このご神託事件あたりから、どうも強い関係性を持つに至ったのではないか、と想像します。

そして、空海さんと八幡神とのつながりも、この和気氏とのつながりがから始まったんじゃないかな~、とこれまた勝手に想像してみたりして。
(上の写真は、神護寺にある和気清麻呂廟)

これまた何の根拠もない想像なのですが、私はこの清麻呂公と空海さんは、会ったことがあったんじゃないかと思うんです。

空海さんは、18歳の時(791年)に京の大学に入学しますが、その超エリートな道をあっさり捨てて、逐電(?)してしまいます。

この時、清麻呂さんは58歳。
清麻呂さんがなくなったのは、799年ですから、この頃は充分にお元気そうな年代です。

空海さんは大学をやめてから、入唐するまで10年余り、いくつか歴史的にわかっている事績はあるものの、はっきりとこういうことをしていたということが、わかっていません。各地の山野を巡り修行していた、東大寺や大安寺などの大寺にもなぜかしっかり出入りをして、経典を読み漁っていた……のかな?という感じ。

そんな時に、才気あふれる政治家・清麻呂翁に会ったりしてなかったかな??
いや、会っててもまったくおかしくないぞ!?

そんなご縁もあったから、唐から帰国し、京に入った時に、高雄山寺(神護寺)に入ったんじゃないのかな、と。

神護寺を出た後、住まったこの乙訓寺でも、和気氏との強い絆は続いていたのではないでしょうか。ご本尊の「合体大師」は、その象徴のような気がしてならないりません。

(むとう)

京都、奈良、高野山へ――空海さんと密教を巡る旅!①神護寺


空海さんの足跡をたどる旅へ

先週、約一週間かけて関西地方を行脚してきました。
今回のテーマは「特に空海さん(弘法大師)の『密教』を巡る」。

少々回りくどい話になりますが、人生を振り返りますと、
「日本文化の根っこに触りたい」というのが、どうやら私自身の変わらぬテーマなのですが、その日本文化の大きな根っこのひとつに「密教」があります。
私は、その大きな根源である『密教』を、仏像を通していつも遠くから(物陰に隠れるように)見てきました。

仏像を拝観するのに必要な、ごく初歩的な情報だけは一応知っていますが、あまりそれ以上突っ込まないようにしていた、というのが本当のところです。
そのあまりに深遠な世界ゆえに、腰が引けまくってました。及び腰になっていたのです。

しかし、仕事で密教に関わることをするかもしれなくなって、そうも言っていられなくなりました。

そこで思い立ったのは、まずは初歩の初歩。
密教を日本に持ってこられた弘法大師・空海上人の足跡をたどることでした。
時間の都合上、唐から帰国して京都に入ってから以降の代表的な関係深いお寺さんだけしかいけませんけど、まず現場に立ってみるというのが、やっぱり大事。そう考えました。

京都・神護寺からスタート

そんなわけで、スタートは京都の北西部にある神護寺さん。
神護寺さんは、和気氏の氏寺として成立しましたが、空海さんが唐から帰ってきたもののしばらく洛中に入らず、住まいしたお寺です。

こちらには、仏像ファンにとっても垂涎のお像がたくさんいらっしゃいますから、これまでも何度ともなく訪れています。

でも、今回は心の設定を「仏像拝観」から「空海さんの密教」に変更して、改めての拝観。面白いもので、そうなってくると見えてくる風景も何だか新鮮。目が行く場所もだいぶ違ってくるものです。

正直言って、この神護寺さんを拝観するだけでも、自分なりの小さな発見や気づきがたくさんありました。これこそまさに、現場にいってこそ感じる気づき。

実は、先週は本当にお天気が悪くて、神護寺に行く途中も曇天・時々雨。気温も低くて残念な感じだったんですが…

なんと、金堂(本堂)の前に進んだら、いきなり晴れました!!

能天気で楽天家の私は、「これはきっと歓迎してもらえてるってことだ!」といきなり気分アップ↑。

何しろ、この金堂の中には(そもそも)大好きな薬師如来像がいらっしゃるし、ね。好きな相手に受け入れたもらえたような、そんな気持ちになってたちまち幸せになり、「この旅は来てよかったってことなんだ!」とほくほく。

これは、企画成功もお祈りして、カワラケ投げるべし!ということで、お馴染みカワラケ投げ。目いっぱい厄除けします!

境内のいちばん奥の地蔵院まえから、錦雲峡と呼ばれる峡谷にこのカワラケを投げますよ。私は、なかなか上手に遠くまで飛ばせたので、茶屋の女将さんに褒めてもらえました。ほくほく。

そのあと、やっぱりせっかく来たからには…と、西明寺、高山寺と巡って、ホテルに戻りましたが、 やっぱり行ってみてよかった。

というのも、この風景。

金堂の後方の山上に、神護寺中興の祖でもある文覚上人のお墓があり、そこから見えるのは、京の街全体です。

なるほど。
この立地、大事ですよね。

山深いところになぜ?と思ってしまうのは、現代人の感覚かもしれません。

この場所からは、京都がよく見えますし、山をいくつか越えれば若狭の国、良港に恵まれた国際都市・小浜に出られます。
それに、素人目ではありますが、池の水の色を見ても土壌に石灰が多く含まれているように見受けられましたし、多くは赤土で鉄分も多そうな感じでした。
鉱物資源にも恵まれてる山系なのかもしれません。

こうしたことを、肌で感じられるのが、現場に立つことの意味でしょう。理屈じゃなくて染み入ってくるものがあります。

それにしても幸先のいいスタートでした。

(むとう)

file.123 茶香房長竹の「抹茶大福」


いちにちいちあんこ

皆様、お盆はいかがお過ごしでしょうか。
夏休みを謳歌されている方も多いことと思います。

しかし、私のようなフリー稼業の場合、休日に作業を進めておいてね、と言われることが多いので、休みはかえって働いていることが多いのです。特に連休が続くと、お休みの前後が、ものすごくきゅうっとしたスケジュールになります。#夏休み、そういえば私は、夏の間にはとったことないな…。

そんなお盆前の差し迫ったスケジュール。

P社さんにお邪魔すると、打ち合わせスペースでアワアワ作業をしている私の前に、いつもにこやかYさん登場。

「あれ?武藤さん、今日は何時までいるんですか?」

あ、あと30分くらいで失礼します~と申し上げると、

「あ、じゃあ今のうちに、いいものがあるから!」

おおお!
Yさんがいいものとおっしゃるということは、そりゃ、間違いなく素敵なおやつ登場ですよ!?

そういうと冷蔵庫から素敵な包みをとりだされました。

20160813-1

お盆休みをいち早くとられて、京都に帰省されていたというYさん。

「京都に戻ると、必ず寄るお店でね…」

P社さんの甘味番長(勝手に命名)である、Yさんが必ず立ち寄る和菓子屋さん、とな!?!
そりゃ美味しいに決まってますよ!(ワクワク)

20160813-2中から現れたのは、こちら!
抹茶大福です!

20160813-3早速遠慮なく、パクリ!

うわあ、お餅フワフワ~!
あんこも、美味しい!抹茶の風味が濃い!!コクが深い!
こういうほくほくとした食感のこしあんは、やっぱり関西ならではだなあ、と思います。

ものすごくさっぱりとした後味なので、さらっとパクッと食べちゃいます。ほぼ三口で完食。
この後味の良さですと、一気に3個は食べられるなあ。美味し~!

帰宅してから調べてみますと、お店は先斗町にあるんだそうです。
甘味はもちろん、おばんざいなど、ごはんもいただけるみたい!
今度京都に行ったら、ぜひ行かねばですよ!

Yさん、美味しいおやつ、いつもありがとうございます!!

茶香房 長竹
http://tabelog.com/kyoto/A2601/A260301/26000022/

 

file.69 亀末廣の「京のよすが」


いちにちいちあんこ京都、そして石造センパイと言えば、すぐ連想してしまうのが、亀末廣さんの「京のよすが」です。

もう10年以上前になりますが、石造センパイがお土産でこの「京のよすが」をくださったのが出会いです。石造センパイも、わたしより京都に通う率は多いと思いますが、その都度必ず買うお菓子、と言っておられます。私も京都に来ると出来れば買って帰りたいお菓子ナンバーワンです。

そんなわけで、今回も合流してまず行ったのはこの店先でした。

亀末廣地下鉄 烏丸御池駅からだと歩いて5分くらい。四条河原町からでも歩いて10分くらいでしょうか。なかなかメジャーなロケーションにありますが、一つ入った道沿いにあり、教えてもらえないとなかなか知りえないお店かもしれません。

この外観を見ていただくと一目瞭然と思いますが、昔ながらのスタイルを、自然にやんわりはんなり続けてらっしゃるなあ、というそんなお店です。お店の人もとてもあったかい感じ。

こちらは、生菓子や最中なんかも有名とのことなんですが、私はとにかくこの「京のよすが」。小さいサイズのが1000円です。今回も自分用に買いました!

そして、夜ホテルについてから、ほくほくしながらあけてみますと…
京のよすがかわいい~!まずこのパッケージからして違う!

右側は包装あり。赤い蓋のある小箱は包装紙をとったもの。「亀屋」さんだけあって、六角形ですよ。

「わあ、こんなに赤いふた、初めてかも」

と石造センパイ。いつもはもっといろんな色の入った花柄だったり、もうちょっと抑えめな感じのようです。確かに、私も何度かいただいてますけど、もう少しおとなしい感じだったかも。

「むとうさんのもあけてみてよ」

あ、そうか。ひょっとして私のは箱の柄が違うのかも??
早速あけてみますと…

京のよすが

おおお!
違う!
色が赤いですけど、銀波でしょうか、さらに激しい?感じの柄に!
京のよすがみてください~~~!
きれいすぎる~~~~~!

蓋を開けてみると、小さくて美しい干し菓子と半生菓子がこんなにたくさん詰まってます。季節によってこのお菓子のデザインが変わるのですが、今回はすごくグリーンが多い印象。

ひょっとして、新緑の季節だからでしょうか?

あ、そしてこの紫は菖蒲の紫かも?

風流ですねええ。
京のよすが干し菓子メインではありますが、あんこの入ったお餅のような半生菓子も入ってますよ。上品なこし餡をうすい求肥でくるみ、緑色の砂糖菓子で化粧がされてます。ううう、美味しいなあ。

一つ一つはとても小さなお菓子なのですが、きちんと手づくりされているからでしょうか、本当にしっかりとボリュームも感じます。この小さなお餅なんて一口でなくなっちゃいそうですけど、周りの緑色の食感がカリカリとして強いので、一口でというよりは三口でしっかり咀嚼していただく、という感じになるんですね。
しっかりとした味、しっかりとした歯ごたえ、そして美しい見た目…と、五感をフルに使っていただくからか、とにかく満足感が半端ない!

「自分へのご褒美だよね」

と石造センパイがにっこり。

いや、ほんとうにおっしゃるとおりです!

亀末廣
http://tabelog.com/kyoto/A2602/A260202/26000641

 

file.68 神馬堂の「やきもち」


いちにちいちあんこ

5月27日から31日まで、関西のほうに取材にいっておりました。

取材、というのはまさにその名の通りで、すぐにネタになるかどうかというよりは、自分の「ライフワーク」として考えていることについてのインプット取材、と言ったかんじ。

もちろん一日3あんこほど毎日あんこいただいてました!関西は本当にもう、あんこ美味しくて天国のようですよね!!その中でも印象深いものから、「いちにちいちあんこ」でもご紹介していきたいと思います。

さて。大阪で『山の神仏』展を見てから、翌日は石造センパイと合流して、心の師匠・N先生のところにごあいさつ。

久しぶりにお目にかかって、かわらぬ楽しいおしゃべり。先生も奥さまも変わらずお元気そうでほっとします。

先生ご夫妻のお宅はすべてがお手本です。

たぐいまれな美意識から、さりげないようになされた室内のしつらえは、いつうかがってもはっとする驚きがあります。

今回も玄関のところには、新しく手にいれはったという可愛らしい獅子の置物(たぶん室町ぐらい)がさりげなく置かれており、居間の床の間には、これまたさりげなく虎の近江絵が飾られていました。

「近江絵もこんな風に飾られるんですねえ!なるほど~!これまた素晴らし~!」
「せやろ、かいらしいて、好きやねん」と、奥さまがにっこり。

ううう、かっこいいなあ。憧れちゃうなあ。

さて、そんな素晴らしいお宅では、これまた京都ならではの美味しいお菓子を出してくださいます。

やきもち今回は、少しあたたかいあんこの入ったお餅を出してくださいました。
奥さまのお話だと、賀茂のほうに昔からある餅菓子とのこと。少しあぶってだしてくださってます。うわあ、おいしそう!!!

あったかいうちにどうぞ、と言われて早速…。

やきもちおおお!これは!!!

白いもち米の透明感のある味と、上質なアズキのさらりとしたつぶあんが絶妙にマッチ!

シンプルだからこそごまかしのきかないお味ですよ!!

それにしても、こういうお菓子をいただくとつくづく京都というのはすごい土地だなあと思います。正直言って、白いお餅とあんこのお菓子です。同じ材料でほかの土地でも作られているでしょう。なのに、なんとも言えない洗練さがあるように感じずにはいられないのです。

ううむ。すごいなああ。

関東に帰ってきてからいただいたやきもちを思い出しながら検索してみると、おそらく神馬堂さんのやきもち、じゃないかな?と思われました。

これは、ぜひ次回京都に来たときには、買いに行かなくては!!

食べログの口コミを拝見すると、午前中には売り切れてしまうようなので、午前中に買いに行く、と…。脳髄に鋭く叩き込みましたよ!!

神馬堂
http://tabelog.com/kyoto/A2605/A260503/26000370/

file.58 鶴屋吉信の「風流しるこ 花吹雪」


いちにちいちあんこ

鶴屋吉信さんと言えば、「京観世」があまりにも有名ですが、以前ご紹介した「つばらつばら」のような、今っぽさを取り入れた新しい名物もきっちり作りあげてらっしゃるお店です。

全国に販売店があり、このいかにも京都らしいお味とデザインをどこでも味わうことができますね。よく考えたらすごいことですよね!虎屋さんが東の雄と言えば、鶴屋吉信さんは西の雄ってかんじでしょうか。

さて、今日のいちあんこは、またもや友人Sちゃんがおすそ分けでくれたもの!!

Sちゃんのおすそ分けで、私のあんこ生活はそうとう潤っておりますよw。本当にありがとね~!
風流しるこ

さて、こちらです!「風流しるこ 花吹雪」!

わあ、こういうのもあるんですねえ。初めて見ましたよ。
サイトを見てみますと、「木々の露」という「おしること葛湯のセット」みたいです。私が頂いたのはその中の「風流しるこ」。いちばんオーソドックスな感じかな。ほかの二種はお茶味の「挽茶あられ」、みつ豆の具が葛湯に入っているみたいな「みつ豆葛湯」。どれもきれいでおいしそうです!

風流しるこ

あけてみますととこんな感じです。あられとこしあんが見えますね。
こちらにお湯を入れて、御汁粉にするってことみたい。

風流しるこ

さてさて。

お湯は沸騰したものを180ML。

#あ、でも実は食べ終わって気づいたんですけど、たぶんお湯の量100MLくらいしか入れてない気がします。あやや・・

そしてゆるゆるとかき混ぜますと、少しトロリとしてきました。

風流しるこ

中には小さな求肥が二つ入っています。あられの香ばしさと、求肥がポイントになっていて、いいかんじです。あんこも、さすが鶴屋吉信さん。安定の美味しさですよ。上質なあんこは風味がしっかりしていますけど、さらりとあと味がすっきりしています。

それにしてもきれいだなあ。「風流しるこ 花吹雪」の名前そのままに、まるで花びらのようにのように、これは米粉か何かでしょうか、あられ以外にも細かな白いものが浮いています。こういうちょっとしたしつらえが「京都」だなあ、と思っちゃうんですよね。ちょっとひと工夫と言いましょうか。

風流しるこそして、小豆も数粒入っていますが、これがまたしっかり美味しい!
ほんと、さすがですね。

こちら、いうなれば「おしるこ」と「葛湯」の間の和菓子…ってかんじかな?!

おしるこほど重くなく、葛湯よりは和菓子をいただいたなあという実態感がある、みたいな。

これをいただいてますと、久しぶりに京都に行きたいなあ…と思ってしまいます。
春になったら今年は京都に行かなければ!

花吹雪の京都。…乙ですねえ。

鶴屋吉信
http://www.turuya.co.jp/index.html

 

file.57 亀屋良長の「烏羽玉」


いちにちいちあんこ

またもや友人Sちゃんからおすそ分けをいただきました。

京都の和菓子屋さん亀屋良長さんの「烏羽玉(うばたま)」です!!

実はこれまでにも、何回か京都在住の先生にお土産でいただいたことがありまして。大好きな京都の和菓子です。いかにも京都らしい上品なあんこもの。

anko20140119-4

なんと言ってもこの名前がステキじゃないですか!

「烏羽玉」ですよ!

「烏羽玉」というのは、もともとはヒオウギという植物の種子のこと。黒い実なんだそうですが、その「烏羽玉が黒いこと」から、「闇」「夜」「夢」などにかかる枕詞として有名(射干玉の、と同意ですね)。

烏の羽のように、黒々と、濡れてみえるような黒い髪…
いいですねえ。乙ですねえ。
anko20140119-3

パッケージを開けてみますと、こんな風に入っています。この量は一回で食べちゃうなあ、ワタシ的には~。
烏羽玉こちらがその「烏羽玉」です!!

きれいですよね~~!つやつや~!

この写真ですと、ちょっと茶色が強い感じですが、実際には、もうちょっと黒く見えますよ。
こちらをものすごくわかりやすく言うなら、「ものすごく上品な、黒糖風味のあんこ玉」です。
烏羽玉なんと、1803年の創業以来の銘菓だそうです。200年変わらぬ味の美味しいあんこもの。それだけ長くみんなに愛されてきた味は伊達ではありません。

ちなみに波照間産の黒糖を使用されてるとのことで、黒糖の味はしっかりとありますが、非常にさわやかな香ばしい風味。いいお味です!

最近では、西洋菓子のパティシエさんを社員に迎え、別レーベルを作って、和と洋の融合を図ったりして、話題の亀屋良長さん。乳製品を和菓子に取り入れたりしてるんですって。

京都らしい革新的な試みが、今後も楽しみですね!

亀屋良長
http://www.kameya-yoshinaga.com/

 

 

 

 

 

映画『利休にたずねよ』公開!


山本兼一先生の『利休にたずねよ』。直木賞も受賞した名作です。

実はこのお作、いつもお世話になってますN編集長の担当された作品ということもありまして、思い切り気持ち的に肩入れしております。 その作品が皆さんもご存じの通り、映画化されました!今とにかく話題ですね。TVでも海老蔵さんのお姿をよく拝見します。

そして昨日。いよいよ待ちに待った公開。私は映画にまったく詳しくないので、何も言う力を持ちませんが、試写会で拝見した、私なりの感想をちょっとだけ…
利休にたずねよ

さすが、大作と言った重厚な美の世界。お茶道具も千家さんのご協力で本物を使って撮影した、というだけあって、お茶を点てるシーンも多く、またそこに重点を置かれているのが非常に新しいように感じました。

いま、「茶の湯」というと、行儀作法を習う、と言ったどちらかと言えば女性的で清楚な印象があるかもしれません。でも、そもそも茶の湯とはどっぷり『男の生き死にをかけた世界』だったのですが、そんな気配を感じることができる映画だなあ、と!

特に印象に残ったのは、千利休を演じた海老蔵さんの所作の美しさ。やはり踊りで鍛えた身体は違います。体さばきがキレッキレですね。そして、伊勢谷友介さんの織田信長。ある意味、「これぞ信長!」、美しくて普通じゃない気配がしまして、うっとりしました。ぜひ伊勢谷さんが全編信長を演じる作品も拝見したい。これはちょっと余談ですけども…^^;。

本作品は、山本先生が提示された新しい千利休像を中心に紡ぎだされる「美」の光景を田中光敏監督が具現化した、それを目撃に行く…そんな風に鑑賞しますとと正解な気がしました。

茶の湯の世界が、「命がけ」だった時代。生と死がすぐそこにあり、だからこそ「美」が天国であり地獄であった、その緊張感をこの映画を見て、「感じる」ことができたように思います。

『利休にたずねよ』 (12/7から公開)
http://www.rikyu-movie.jp/

 

file.44 鶴屋吉信の「つばらつばら」


いちにちいちあんこ

日々は過ぎ去り、あっという間に11月も後半に突入。
早いですねえ。もうカンペキ冬って感じですものねえ。

さて、昨日は、「仏頭展」@東京藝術大学美術館と東京国立博物館へ行ってきました。タイミングのいいことに、偶然に石造センパイ@イシブもご一緒でき、久しぶりにいろいろお話しできて楽しい一日でした。

歩き疲れた私たちは、トーハク平成館一階に出店している京都の和菓子屋「鶴屋吉信」さんで、甘味を購入。

私は、大好きな「つばらつばら」を。センパイは「京観世」。両方とも鉄板で美味しいですよねえ。

ちなみに、HP拝見しますと…

「つばらつばら」とは、万葉集にも登場する風趣あることば。 ”しみじみと・心ゆくままに・あれこれと ”の意味があります。 万葉の歌人・大伴旅人は、太宰府長官として九州に赴任したとき 「浅茅原 つばらつばらにもの思へば 故りにし郷し 思ほゆるかも」 と歌を詠んで、故郷の遠き都へ想いをはせました(HPより引用)
なんだそうですよ。大伴旅人の和歌からの命名だなんて、さすが都ですなあ。「しみじみと、ここ行くままに・あれこれと」っていいですね。本サイトの名前「ありをりある」は造語ですが、「飾らずありのままにそこに在る」という意味でして、結構似てるような…。
つばらつばら
パッケージは、秋仕様になってます。可愛い!
いつもは浅い茶色の縞々と白のコントラストがモダンなパッケージですけど、こういうのもすてきですね。
つばらつばら

中はこんなセットアップです。本当に丁寧な包装ですよね。きれいだなあ。
つばらつばら台紙のように添えられた由緒書き。少し厚めの良質な紙に、スタンダードな明朝体に墨一色で印刷されています。過剰パッケージといえばそうですが、「すぎる」と感じさせず、さりげなく「丁寧」と思わせるところが、京都らしいですね。見事です。
つばらつばら美味しい!!

何度食べても、本当に美味しい!

しっとりもちもちな皮、しっとりさらりとした粒あん…。手に持った時はちょっと小さいなあ、この量なら一気に3個は行けるよ、と思うんですけど、一個食べ終わったら、一個でちょうどいいな、と思うんです。それだけ満足感があるってことですよね。

博物館を歩き回ってくたびれていた私たちも、すっかり元気を回復できました。やっぱりおいしいあんこのパワーはすごい!

鶴屋吉信
http://www.turuya.co.jp/syoukai/yaki_tsubara.html

 

file.42 阿闍梨餅本舗・満月の「阿闍梨餅」


いつも超多忙なN編集長。本当にすごい八面六臂ぶりです。今年は担当されていた本が賞をとられたり、映画化されたり、とさらに多忙を極めておられます。まさに「嬉しい悲鳴」ってやつですよね。

わたしも、そんなN編集長のご多忙の一部を一緒にお仕事させてもらってます。少しでも私がお手伝いして、N編集長のお仕事が楽になったらいいなあ、と願いながら…。

さて、昨晩は夕方お邪魔して、ミーティングルームをお借りして作業。

N編集長が「京都のお土産」と言ってくださったのがこの「阿闍梨餅」です。
阿闍梨餅阿闍梨餅!!!

美味しいですよねえ。京都にいったら必ず買います。ちょっとあっためても美味しいんですよねえ、という私に、

N編集長「阿闍梨餅作ってる和菓子屋さんって、満月って名前だって知ってた?」

あ!そうなんですか~?
…ていうか、よく考えましたら、阿闍梨餅のお店、としか認知してませんでしたが、そりゃ、お店の名前がありますよね。

N編集長「でも、この阿闍梨餅がとてもよく売れて有名になったから、阿闍梨餅本舗って名乗ってもいるらしいよ」

なるほど。そういうことですか。さっそくググってみましたら、なるほど「阿闍梨餅本舗 京菓子 満月」というお名前になっております。
阿闍梨餅さあ、いただきますよお!

嬉しそうに食べようとする私の横で、N編集長がうんうん言いながら、先生からの直しを読み下そうとしておられます。かなりの赤字に相当体力を奪われているご様子……。

こんなときこそ、N編集長もあんこを召し上がればいいように思うのですが、編集長は完璧な酒党で、甘いものはいけない口なのです。
阿闍梨餅阿闍梨餅のあんこ、美味しいですよね!
本当に京都らしい上品なあんこです。これだけメジャーになって一般的なお土産品となっても、このあんこの品の良さは変わりません。すっきりとした後味です。

そして、またこの皮が美味しい!餅粉で作ったあんは、しっとりと、少しだけ伸びる感じがしますが、卵の入った焼き皮である、というそこのところは揺らぎません。美味しいなあ。

お蔭さまで、ちょっと元気になったので、うんうんうなって独り言を繰り返すN編集長のお仕事を少しお手伝いしました。

もう一個阿闍梨餅をいただいていたら、さらにもうちょっとお手伝いしたかもしれない、というのは内緒です……^^;。

N編集長、ご馳走様でした!

阿闍梨餅本舗 満月
http://www.ajyarimochi.com/