英語版記事も(たまに)アップしていくことにしました!


日本の文化を紹介していくために、ありをりある.comでは、英語の記事も掲載していくことにしました。DeepLの翻訳ツールを使ってなので、ちょっとおかしいところがあるかもですが、そこはまあそれとしてね。だいたい意味をお伝えできればいいかなと。

私が書く記事は、ネイティブ日本人にとっても濃いめでマニアックと言われてしまうので、ちょっとどうかなと思います。でも世界は広いですからね、そんな濃い情報を欲している人もいるかもしれない。

そんなわけで、まだまだ知られていない日本の文化や歴史について、物好きな海外の方にも知っていただけたら嬉しいなと思ってます。
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I’ve decided to put up the English version of the article too!

In order to introduce Japanese culture, Ariworiaru.com has decided to publish articles in English as well.I used DeepL’s translation tool, so it may be a little funny, but that’s okay. I hope to be able to tell you what it means.

I’m not sure about the articles I write, because even for native Japanese people, they’re often described as dense and maniacal. But it’s a big world, and there may be people who want such dense information.

So, I’d be happy if people from overseas who love things could learn more about Japanese culture and history, which is still unknown.

Editing and writing by MUTO Ikuko

『鬼滅の刃』と「大江山の酒呑童子」で鬼脳になったので、「鬼鎮神社」に行ってきました。


先日、YAMAP MAGAZINEのお仕事で、大江山の酒呑童子を取材してきました。酒呑童子と言えば、鬼ですよね。そしていま鬼と言えば、そりゃもう『鬼滅の刃』なんでしょうね。剣道のお稽古で会う小学生の子らも、『鬼滅の刃』大好きです。

そこで、私も漫画もアニメも見てみたかったんですけど、なかなか時間がとれずにおりましたが、取材も打ち合わせの予定も飛んでしまった今こそチャンス!と思って、とりあえず、Amazon のPrimevideoで、アニメの方を一気見してみました。

なるほどねえええ。

正しい。
あまりに正しいジャンプ作品!

そして、こういう作品がちゃんと普通の子どもたちにもてはやされる状況、自分が子どもの頃と変わらぬ何かを感じて嬉しくなりましたよ。

民俗学系ファクターてんこ盛り。謎が謎を及ぶけど、一番太い軸はシンプルで(鬼にされてしまった妹を人間に戻したいというミッション)、ジャンプの三大原則「友情、努力、成長」をこれでもかと投げ込んでくる。
「人を信じること、善いことをしようと努力すること」が、かっこよくもないし、報われないこともあるという谷間を必ず入れてきてからの、どーん!
でもやっぱ突破するのは、自分の信じる力や努力の先にある何かやで~~!(なぜか関西弁)という、あれ。いいよ、いいよ。うんうん。

それからね、漢字って、カッコよければ難読漢字って、むしろカッコよさ3割増させるよね。これ見よがしに繰り出してもいいよね!…などと、いろいろ思い出しました。子どもの頃の頭の柔軟さを。漢字難しいのなんか、好きだったら一発で即インプットですよ。「真菰」とか、歴史小説だとしても絶対ルビ振りますけど、たぶん鬼滅の刃好きな小学生は、秒で読めますよ。

さてさて、そんなこんなで、「鬼」の取材を終え、そう言えば地元の鬼の神社には、だいぶお詣りしていないぞ、ということに気付きました。日本全国でも、鬼を祭りしている神社は四社。そのうちの一つ「鬼鎮神社」が、埼玉県にあるんです。

そんなわけで、「鬼鎮神社」さんに行ってきましたよ~!!

「鬼はね、悪いことするばかりじゃないんだよ、先生が住んでいる場所のあたりは、鬼はいいことをしてくれるから、節分では、『鬼はうち』っていうの。『福は内、鬼は内、悪魔外』って言うんだよ」

小学校2年生の頃の担任の先生が、そんなふうに話してくれたことを、今も鮮明に覚えています。たぶん、先生のお宅に遊びに行ったことがあって、その時にその鬼をまつる神社にも連れて行って下さったと思うんですが、以来、参拝していませんでした。

子どもの頃お詣りした時とは、周りの状況が変わっていて、かなり驚きました。昔はかなり緑の多い場所だったと思うんですが、今は住宅地の真ん中って感じ。

いた~!
鬼さま~!

こちらの鬼様は全然怖くありません。こちらの絵があったかどうかは定かではありませんが、子どもの頃も、鬼って怖くないんだなと思った記憶があります。

なんといっても、境内が明るいんですよ。からっとしてる。霊感も何かを感じ取る力もありませんし、何の根拠もありませんけども、この場所が持っているのはどちらかと言えば「陽」ではないかな、と思います。

お詣りを済ませると、御守りを販売しているところに、人影が。平日の日中なのでまったく期待してませんでしたが、だれかいる!?ふらふらと寄っていくと、ガラス戸を開けてくださいました。

顔を出してくださってのは、なんと宮司さまでした。せっかくだからと御守りに「鬼の金棒」を買おうと思って迷っていると…

「迷ってるなら両方持っていきなさい。おまけしてあげるよ」

えええええええ!?
だ、だめですよ、それは!!そう言って恐縮する私に、宮司さまはニコニコしながら、「細かいこと気にしないで、今日は特別。よかったら、中に上がってお詣りしていって」そんなふうに言って下さったので、私は恐縮しながらも中から拝観させていただきました。

中に入ると、何だかこれまた、明るい!優しい空間!

堂内には、献納された絵馬などがたくさん飾られていました。この写真の中央のものは、慶應年間のものだそうで、江戸末期のもの。宮司さまがおっしゃるには、この神社の由来はなかなか詳らかではない面もあるようですが、江戸時代には「鬼」にお祈りする神社という今の形が存在したことが、これらの絵馬でわかる、とのことでした。『日本歴史地名大系』によりますと…

「畠山重忠が菅谷館の築城にあたって、同館の鬼門除けとして祀ったのが草創と伝える。衝立久那止命(ついたてくなどのみこと)・八衢比古命(やちまたひこのみこと)・八衢比売命(やちまたひめのみこと)を祀り、旧村社。「風土記稿」では「鬼神明神社」とあり、村民持であった。」(『日本歴史地名大系』より)

御祭神の三柱は、名前こそ違いますが、疫病や災害をもたらす悪霊や悪神が集落に入ることを防ぐ神である「岐(くなど)の神」ですから、意味合いは同じです。ただここで問題なのは、これらの神々といわゆる鬼神は、あまり関係がありません。本来は、鬼神を排除するというか、敵対する存在なのです。


この3柱の神を鬼門除けとして祀ったというのは、わかります。「鬼門除け」…鬼の通り道を封じるという意味合いですからね。でも、こちらの神社では、鬼は、善い存在です。封じるどころか、「内に入ってください」と言われる存在として、慕われています。

ううむ。なぜだ。

実は、こちらの草創に関しては、もう一つ全然違う印象のストーリーが伝わっています。

ーーこの地区には、昔刀鍛冶が住んでいた。刀鍛冶には美しい娘があり、ある日若い男が求婚者としてあらわれる。刀鍛冶は「一日に100本の刀を打てたら、娘を嫁にやろう」と言うが、この条件は、実現不可能な提示。しかしその若い男は、ならば…と、刀を打ち始める。あっという間に打ちあがっていく刀を前に青ざめる刀鍛冶、とても人の伎ではありえない。ふと見ると、若い男は鬼の姿に変貌していた。しかし結局、99本目で日が明けてしまい、約束を守れなかった若い男は、そのまま息絶えた。後悔した刀鍛冶は、その若い男(鬼)を祀り、弔った。それが今の鬼鎮神社の大元だ……というお話。

このお話に添っていくと、御祭神とはこの若い男(鬼)になりますよね。しかし、その印象は、現在の御祭神とはだいぶ違うように思います。

うーん。わからない。ただ「鬼が刀を打つ」という場面が描かれていることから、「鬼=製鉄集団」説と付会するなあ、という点だけは、はっきりわかります。そしてもう一つつながりそうなこととしては、この地域が古くは「志賀」に属していたということです。「志賀」という地名は、私がこだわって追っている「海人族」に関わる地名として有名ですし、金属にまつわる氏族が居住した地域に多い地名でもあります。何かこう、残り香みたいなものが、ないわけじゃないという気がしますね。これは、ちょっと調べてみないと。

いずれにしても、この地域の周辺には、渡来系にゆかりのある場所が多いですし、また古くからひらけていた場所でもあります。残されているものは少ないと思いますが、もうちょっと深読みしてみたいと思います。

さて、そんな(濃い)課題を胸に抱きながらも、宮司さまがもたせてくださった御守りの数々を眺めています。これだけ「鬼に金棒」をいただきましたからね。幸先良し!がんばろっと。

鬼鎮神社の情報→嵐山町旅の達人サイト
東武東上線武蔵嵐山駅から徒歩で15分。

 

2020年、新年のご挨拶


新年、あけましておめでとうございます!

この年末も、またもやバタバタしてしまいました。余裕のある年末年始を過ごすことが毎年の課題になってしまってますが、フリーの身にとって忙しいことはやっぱりいことですよね。……と、前向きに前向きに。

皆様はいかがお過ごしでしょうか?

2019年は2018年に引き続き、微力かつ牛歩ではありますが、一つ歩を重ねられたかな?と思える一年でした。

2019年を振り返ってみると、まずは最もうれしかったこと。それは、ずっと担当させていただいております畠山健二先生の書下ろし時代小説シリーズ『本所おけら長屋』が、累計100万部を突破したということです~!

本当に畠山先生、そしてPHP研究所の皆様のご尽力の賜物です。私は微力ですがそのチームでご一緒できたことを、誇りに思います。先生、PHPの皆様、本当にありがとうございました。
2019年には、12巻13巻が刊行されております。そして旧年ちゅうに、先生からは次巻(14巻)の最後の一話をお預かりしておりますので、着々と今年も進行しておりますよ~!お待ちの皆様、もうちょっとご辛抱ください♪

そして、五木寛之先生も『人生百年時代のこころと体の整え方』を皮切りとしてスタートした『人生百年』シリーズの第二弾、『悩みながら生きていく』を刊行することができました!!二弾目が出ないとね、「シリーズ」とは言いがたいですからね、ホッとしました。

そして、7月には初めて関裕二先生の担当をさせていただき、『万葉集に隠された真実』が刊行されました。関裕二先生は、昔からファンだったので担当させていただけて本当に嬉しかったです。平成から「令和」になった今年に、記念すべき万葉集の本をお手伝いで来て、古代史ファンとしては至福の時間を過ごさせていただきました。

じつは、ありがたいことに次のご本も担当させていただけることになり、現在編集中なのです。次のご本は、『日本書記』をポイントにしつつ、関先生流の古代史の読み解き方を大公開してしまう!という内容です。次のご本も面白いですよ~!

そしてそして、年末に『男はつらいよ 寅さんの人生語録・改』が刊行されました。『男はつらいよ』は、正直言って大人になってからはちゃんと見ていませんでした。しかし、寅さん大好きなN編集長にお声掛けいただいてから、初めから見直したらもう、ドはまりしてしまいました。台本も全部お貸しいただいちゃったのも、まさに役得。映像で見られるのは最終形ですが、台本は始まりの言葉。その両方を見られるというのは、これはもう役得としか言いようがありませんよね。

ライター仕事としましては、雑誌『歴史街道』さんで二回、記事を書かせていただいたのも楽しかったです。ネタも「あんこ」「日本の女帝」という、大好きなネタ。これまた楽しかったです。実は2月号でも「毘沙門天」についての原稿を書きました。2020年もお声がけいただけるといいなあ、と期待中。

それから11月からYAMAP MAGAZINEさんで新連載を始めました。「フカボリ山の文化論」は、長年の友人Sさんが担当してくれてるので、私ならではの視点を、理解して喜んでくれるのが、本当に嬉しいんです。2020年も、しっかりフカボリして楽しんで書いていきたいと思っています。ちなみに1月の回は「穂高」について書いてみようと思っています。またSさんが喜んでくれるといいな~。

さて、長くなりましたが、最後に今年の抱負です。

今年はちょっと環境を変えてみたいと思っています。家にこもりきりになりがちなので、シェアオフィスとかコワーキングスペースを借りてみようかな、と現在考え中。そして、今年も海外にちょくちょく足を延ばす予定です。それから、勉強もしたいと思っています。一つは仏教。もう一つは中国語。「やってみたいな」という軽いレベルで、具体的な計画はこれからなのですが。これまでやったことのないことをやってみたい!と思っております。

さて、そんなわけで、今年もじたばた生きていこうと思います。一生懸命あがいて頑張ると、結果、けっこう楽しい一年になるような気がしています。

皆様にとっても、楽しく良い一年になりますよう、心からお祈り申し上げます!

ありをる企画制作所 武藤郁子拝

 

 

BE-PAL.NET連載「文化系アウトドアのススメ」まとめ②修験道の原郷「金剛山」


昨年年末からアウトドア雑誌『BE-PAL』さんのwebで始まった連載「文化系アウトドアのススメ」。連載と言っても不定期。しかも3回に分かれていたりするもんで、繋がりがわからなくなっちゃうよという、知り合いの感想があり。テーマごとに、こちらでもまとめをつくっておこうと思い立ちました。

だいたいひと月に一度、テーマが変わるようなペースで執筆してるんですが、最初のテーマは「大和葛城山」、次のテーマは「金剛山」でした。

上の写真は、大和葛城山から望む金剛山!
昨年の11月に訪れた時は、秋の紅葉が始まっていて、そりゃもう美しかったですよ!

金剛山は、関西の皆さんにはめちゃめちゃメジャーなお山だと思いますが、関東在住の人は、あまりご存じないかもしれませんね。私は歴史好きなので「金剛山」はいつも気になる山でしたし、ぜひ一度登ってみたいと思っていました。「登ってみる」なんて言っちゃってますけど、この取材は、思いっきりロープウェイに乗ってますけども……(恥)。

それにしても、あらゆる意味で、本当に魅力的な山でした!!

とにかく歴史が濃い!!
今回は、「修験道」にフォーカスして取材しましたが、あらゆる時代の記憶の蓄積がものすごい場所で、その深遠さに慄き、オロオロして終わった、と言ってもいいかもしれません。ぜひまた訪ねたいです!

そしてこの取材でうれしかったのは、旅の途中に出会った大阪の皆さんに、ものすごくよくしていただいたということです。記事ではご紹介しきれきませんでしたが、宿泊した山荘・香楠荘さんも、素晴らしかったです。

そして、本っ当に!!
お食事美味しかった!
鴨鍋サイコー!
上の写真、これ一人前ですよ。見切れちゃってますが、お蕎麦もついていて、さらに〆の雑炊までありますから、もう……。

さらに、こちらに戻ってきてからも、金剛山の核心というべき転法輪寺のご住職には、お電話やメールで、何度も対応していただきましたが、癒しの連続でした。こういう出会いがあるから、この仕事辞められないんです。ほんと生きててよかったなあ、と思います。

そんな熱い思いが吹きだしてしまった3回。ぜひお暇な時に、まとめてご覧ください!

第1回目「大阪府の最高峰、修験道の原郷「金剛山」へ!」

第2回目「創建は2000年前!?金剛山で悠久の時を感じる」

第3回目「これぞ金剛山の魂!転法輪寺で異形のほとけに出会う」

イチローさんの会見を見て~本当に強い人は優しい~


突然ですが、イチロー選手が、引退を表明しましたね。

引退会見もよかった。私は、その存在感に改めて圧倒されました。

会見の中では、記者の質問を、時にばっさり切り捨てていましたが、それでも、何ともいえない優しさ、他者へのいたわりのようなものを感じました。

イチローさんというと、求道者といったイメージがあります。彼の振舞いには、道を志す人ならではの深い精神世界を感じずにはいられません。彼に「武士道」の面影を感じる人も多いでしょう。私も彼を見ているとどうしても、「武士道」を連想してしまいます。実は、イチローさんの記者会見を見ていると、どうしても連想してしまう人がいます。私が幼い時に憧れ、短い期間でしたが可愛がっていただいた、剣道家の楢崎正彦先生です。

楢崎先生がものすごく強く、偉い人なんだということは、先生のお立場や9段という段位からしても、わかっていました。また、子どもの目から見ても、そりゃもうすごかった。「強烈な強さは、美しさと同意なんだ」と、私は思いました。それはもう、本当にすべてが美しかったですからね。

しかし、「美しい」ことは、「こわい」にもつながります。今その時のことを分析してみると、圧倒的な「気」みたいなものを発散されていたのかもしれません。側に行くなんて、とてもとても。こわいんですよ、それは。

当時、ちょっと問題のある環境にいた私を、先生は不憫に思ってくれたんでしょう。特別に大人の先生方のお稽古の末席に加えてくださって、週に一度稽古をしてくださいました。稽古の時には、必ず「さあ、来なさい」と呼んでくださるので、怖いですけど、側に行かなければなりません。

その時の心境を説明すると、「虎の前に立っているような気分」でした。虎ってものすごく美しいですよね。でも、ものすごく怖い。そんな感じです。そんなにもこわがっているくせに、私が先生を慕ったのは、その「優しい目」ゆえでした。涼しげな眼差しには、いつも茶目っ気と微笑みが漂っている、そんな目をしていました。先生に稽古をつけていただいてからもう30年経つというのに、あの優しい目は今も忘れられません。稽古は厳しかったですけど、いつもあの優しい目が、私を見守ってくださった。

本当に強い人は、優しいんだ。

私は、そう思っていました。実は、イチローさんの記者会見を見ていて、私はそのことを思い出したんです。イチローさんの目も優しいな、と。

イチローさんも、そもそも天性の才を持っておられるとは思いますが、とてつもない苦労と、努力をしてこられたでしょう。あれだけの選手ともなれば、野球の分野だけのご苦労ではないと思います。こころない批判にさらされたこともあったでしょうし、裏切りにもあったかもしれない。私たちには見えない部分で、きっとそんなこともたくさんあるんだろうと思います。ではないと、あんな優しい目にはならないんじゃないかなと思うんです。苦しみを知っているから、ほかの人へのいたわりや優しさを持っている。あの優しい目は、そういう目です。

大人になってから、楢崎先生がB級戦犯として死刑を宣告され、巣鴨に収容されていたことを知りました。先生が観てきた世界とは、私には想像できないほど過酷なものだったはずです。その果てにあの優しい目があったんだ、と何かものすごく腑に落ちるものがあります。

そんな楢崎先生と、イチローさんが重なるんです。野球と剣道の違いはありますが(ちなみに楢崎先生も、剣道界ではだれもが知る伝説的な剣士です)、イチローさんは、世界中の野球選手から尊敬され、憧れられている特別なひとだと言います。それはとても分かる気がします。あの、「本当に強い人」特有の、茶目っ気たっぷりの優しい目で見つめられたら、ひとたまりもない。天才肌で誰のいうことも聞かないような強い生き物――まるでライオンや虎のような選手でも、コロンと猫のようになってしまうのではないでしょうか。

これからは「人望がないから」なんて冗談はいわずに、ぜひ、監督でもなんでも、人を導くひとになってほしいなあ、と勝手に願っています。ただそこにいるだけでも、その姿を見るだけでも、勉強になるような人です。

特に、子どもにとって一番素晴らしい教育とは、本当にすごい人を見ること、知ることなんじゃないかと私は思います。「あんな大人になりたい」と思える存在がいるということは、何よりの教育です。イチローさんは、まさにそんな人。イチローさんがこれからどう生きていかれるか(にわかファンで恐縮ですが)ワクワクしてしまいます。

あ。

ところで、今気づいてしまったんですけど、イチローさんと私、同い年でした^^;。な、なんと…。こんなにも差があるなんて、びっくり。でもまあ、私は私ですよね!? 頑張って生きていきます。

(むとう)

■以下の動画は、ネット上にある楢崎先生の唯一の動画かも。楢崎先生と同じく9段の谷口先生の対戦を見られるなんて、ほんとうにありがたい。youtubeありがとう!

BE-PAL.NET連載「文化系アウトドアのススメ」まとめ①修験道の始まりの場所「大和葛城山」


お久しぶりです!

だいぶアップしていなかったですが、私は元気です。

FBなどでは頻繁に更新してるのに、自分のサイトの「日誌」ではほとんど日誌を書いていない、というこの状況を、ちょっと改めます。今後は、日誌代わりにこちらに書いていこうと思います。

さて、仕事のご報告も兼ねてですが、昨年年末からアウトドア雑誌『BE-PAL』さんのwebで連載を始めました。

連載と言っても不定期連載。でも内容は結構濃くて、三回に分かれていたりするもんで、繋がりがわからなくなっちゃうよという、知り合いの感想があり。テーマごとに、こちらでもまとめをつくっておこうと思い立ちました。

だいたいひと月に一度、テーマが変わるように執筆してるんですが、最初のテーマは「大和葛城山」でした。

秋の大和葛城山は、きれいでしたよ~!上の写真は、サイトではアップしませんでしたが、やたらとはしゃぐ私です。

さてさて、第一回は、こちら!「大和葛城山の山麓をゆく」

第二回!「大和葛城山の頂で「国見」気分」

第三回!「修験道の祖・役小角を妄想してみる」

…というわけで、新連載はいきなりの修験道の始まりの場所、大和葛城山から役行者レポートでスタート。

アウトドア雑誌のWEBに、この内容でいいんかいな、と回を重ねるごとに思いますが、でもまあ、担当編集Nさんがいいと言ってるし、いいか。と腹をくくっています。

ぜひ、未読の方がいらっしゃいましたら、覗いてみてくださいね~!

(むとう)

2019年、新年のご挨拶。


新年、あけましておめでとうございます!

この年末は、ここ数年の中でも特にバタバタしてしまい、各位に不義理を重ねてしまいました。もうちょっと余裕のある年末年始を過ごすことが、早くも来年への抱負となった新年です。皆様はいかがお過ごしでしょうか?

2018年は2017年に引き続き、微力かつ牛歩ではありますが、一つ歩を重ねられたかな?と思える一年でした。

まずは長年携わっている編集のお仕事。
ずっと担当させていただいております畠山健二先生の書下ろし時代小説シリーズ『本所おけら長屋』は累計73万部を突破、2019年はついに夢の大台100万部がみえてまいりました!そして、五木寛之先生も『人生百年時代のこころと体の整え方』を皮切りとして、『人生百年』シリーズとして、新シリーズをスタートさせることができました!!
いずれにしても、各先生、版元・PHP研究所の皆様のご尽力の賜物なのですが、外部編集者として担当させていただいております私としても、喜びと誇りを感じております。

さらに、執筆のお仕事では、共著で書き下ろした本『今を生きるための密教』(天夢人)を出版できました。編集者ではなく、執筆者として、私を「共著者に」と推してくださった本田さんには、足を向けて寝られません。さらに嬉しいことに、本書はシリーズになりまして、第二弾のテーマも『修験道』に決まりました。密教に続き修験道もこれから一生懸命勉強して、取材をして、面白い文章を書いていきたいと思っております。

さらに、新しいチャレンジとして、webでのお仕事をスタートしました。昨年12月から小学館さんの「BE-PAL.NET」で「文化系アウトドアのススメ」をスタートしました。

これまで、紙媒体しかやったことがなかったので、ドキドキだったのですが、担当してくださっているN副編集長は、私の癖もよくご存じ。きっとうまくハンドリングしてくださるだろうと、大船に乗った気持ちで、今は(いい意味で)開き直っております。理解してくださる方に並走していただけるのは、本当に嬉しいですね!今からどんなふうに書こうかな?とワクワクしています。

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今年で「平成」が終わります。

この時代が変わるタイミングと、変化によっておこる勢いに、私もどうにかのっていきたいと思います。

そんな意味でも、今年のテーマは「変化」。
そして心構えとしては「新しいことを恐れずやってみる」としていきたいと思っております。

どうか皆様。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます!

ありをる企画制作所 武藤郁子 拝

本日刊行した『今を生きるための密教』のお祝いに、ステキなイラストをいただいちゃいました!!


ついに本日発売となりました『今を生きるための密教』。
イラストを書いてくださった唐木みゆさんが、お祝いプレゼントにこんな素敵なイラストをくださいました~!!

本書の中に登場する「熊」と「狸」は、著者である本田さんと武藤をイメージして、唐木さんに書き下ろしていただいたキャラクターなんです。

いやもう、本当に、めっっちゃ可愛いでしょう!??

「動物としての野性、ある種の狂気は残しながらも、動物的な可愛さの範疇でありながら、人間っぽさもあるキャラクターを…」

そんな無茶なお願いに、200パーセントの仕上がりで答えてくださいました。

すぐに迷いだす癖のある私ですが、そんな唐木さんの素晴らしいイラストをいただいて、この本における自分自身の方向性に確信が持てました。そんな意味でも、いろんな意味でも、唐木さんには、何度感謝を申し上げても、足りない気持ちでいっぱいです。

唐木さんの世界観というのは、とても今回の本だけではご紹介しきれないものですが、扉絵を書き下ろしていただいた中にも、その片鱗を見ることができるかと思います。

ちょっと、二枚ほどご紹介させていただいちゃいますね!

いやあ、ほんと最高です!

扉絵は7枚ありますが、ぜひ皆さん、扉絵にもご注目くださいね!
その一枚一枚に、唐木さんが捉えた「密教世界のエッセンス」が込められています。

本書は、主役がたくさんいる本だなあ、とつくづく思います。唐木さんのイラストも間違いなく主役の一つです。

唐木さんは、どのイラストも丁寧に掘り下げて、深く潜りながら書いてくださいました。まさに、傑作!

ぜひ、皆様にも、唐木さんの世界を感じてみていただけたらと思います。ぜひぜひお手に取っていただけたら幸いです!

(武藤)

葛城山・吉野・金剛山~大和から河内へ。役行者を巡る旅~


11月初めに、葛城山、吉野、金剛山を旅してきました。

来年、修験道に関する本を書くことになったので、そのプレ取材です。
何ごともその場所に行かないと始まらない、という私のクセでありまして、今回も修験道と言えば、まずは役小角さんだろうということで、歴史上の役小角さんがいたであろう地を、歩いてきたんですね。

吉野の方は、度々訪ねてますが、葛城山と金剛山は初めてです。以前から、葛城山と金剛山は歩いてみたいと思っていたんですが、関東在住の身からしたら、なかなかに遠くて……。何かのついで、というわけにはいかない場所ですからね。
しかし、今回はお仕事でも必要だし!と、思い切って歩くことができました。

今回は、小角生誕の地、吉祥草寺を皮切りに、葛城山山頂→葛城山山麓(御所市)→吉野→金剛山山頂→金剛山山麓(河内長野市)というルート。

今回も、自分で日程設定しといてこう言うのなんですけど、かなり過酷でした。
頑張りました。
精いっぱい歩きました。
でも、時間が圧倒的に足りなかった!

それなりに、と思って、四泊五日取ったんですけど、甘かった……

しかし、とはいえ。

やはり実際に歩いてみないと分からないことがたくさんありました。
行ってよかったです。
(写真:葛城山山頂からのぞむ金剛山。綺麗でした!)

なぜ、「役小角」という超人があの場所に生まれ、修行し、活躍したのか。
日本文化の基盤である「山岳宗教」の大きな流れの突端が、なぜ、あの地なのか。

そんなことを考え始めるには、もってこいの取材ができたと思います。

今のところ、俄然私の中で盛り上がっているのは、「河内国」の存在感です。
大阪って、こういう側面からももっともっと全国に知られるべきすごい場所ですよ!!ほんとに!
メディアでこの手のことをご紹介するときに、土地勘もない関東の我々は、どうしても大和国からアプローチします。それも大切なことなんですが、しかしそれだけだと、かなりな片手落ちなんだなと、痛感しました。

このあたりのことは、来年の本にがっちり書きたいと思いますが、来月からもうちょっとライト目に、WEB版BE-PALさんでも、書かせていただくことになりそうです。

どうやって書こうかなあ、とちょっと迷い中です…^^;。

(むとう)

違うこと、尊重すること


「むとうさんは、あまり今の事に関わる仕事はしないほうがいい。疲れてしまうだろうから」

取材でお目にかかったとあるお坊さまが、私を一目見るなり、そんなことを言われました。まだ何もお話していないというのに、なんとまあ、ど真ん中なアドバイスをくださったな、この方は本物だな…

なんて、畏れ多くも思ったのですが、実はこのことは、私が生きていく上で最も重要な「生き抜くためのカギ」なのです。

ひとことで言うと、子どもの頃の私は「変な子」でした(今もか)。
子どもながらにもそう自覚していて、生きるためには「普通のこと」から距離を置かないとだめだ、と感じていました。いろんな過酷な体験があったこともありますが、先天的にそう感じていたような気がします。

この「普通のこと」というのは、私が苦手だと感じることでした。
例えば、「感情を表現すること」や、「誰かを好きになったり嫌いになったりすること」あるいは「誰かと競争すること」です。
この「普通のこと」を自分がうまくできないと痛感し、「普通に見えるように」できる限りコントロールしてやり過ごしていたんです。

この時の自分を、「傷ついた子供がやむにやまれず」と言えば、何だかきれいな話になりますけど、そんなにきれいな思いから選んだ方法でもなかったんですよね。かなり冷静に、「この方法が一番ましだ」と思って選びました。純粋というには遠過ぎる考え方です。

とにかく、私が思いのまま振る舞うと、必ず誰かがそれを気にして、意地悪をしたり、否定してきたりするので、めんどくさかったのです。それを回避しないと、私自身のパワーを維持できない、そう考えたのかなと思います。

そして私は、ある程度無難に生き抜くために、「擬態する」「気配を消す」「同調する」という技を手に入れました。

これって、つまり生き物の「生存戦略」ってやつですよね。

その後、そこそこうまく生き抜くことができ、まだ生きているので、その生存戦略は、まあまあ成功だったと思います。

そんな昔のことを思い出したのは、今話題の『新潮45』休刊に至る、諸々の動きに触発されたからです。

LGBTにまつわる様々なことに、私は何かを言えるような、そんな権利も準備もありません。冒頭のお坊さまのアドバイスを思えば、そして私の生存戦略を思えば、ここで何かを言うことは、あまり良くないことかもしれません。でも、ある意味禁を犯しても、やっぱり今回はひとこと言いたくなりました。

私も存在として、マイノリティであると思いながら生きてきたので、LGBTの皆さんはもちろん、私のようなものも、少しでも生きやすい世界になるといいのにな、と強く思っています。

ひとは、みんな違う。
一生懸命、それぞれが生きている。

そのことをもって、他の人の生も、自分の生も、同じように尊重すればいい。
そんなシンプルなことなのに、なぜ、否定するんだろう。
そして、なぜ否定されなくてはいけないのか。……そう思います。

そして、編集者、ライターのはしくれという立場からも、少しだけ。

「言論の自由は保障されるべきだ」という言説の是非は、正直言ってよくわかりません。だからと言ってすべてが是となるのは、私は到底「是」とは思えない。

少なくとも、私は、誰かが不幸せになる本は、つくりたくありません。

「この本と出会った人が、最後にちょっとだけ幸せになってくれますように」

そう願いながら、本をつくってきました。
拙いですから、うまくできたかどうか、それはわかりません。
でも、本を書いてくれた人も、取材させてくれた人も、読んでくれた人も。そして、デザインをしてくれた人、イラスト書いてくれた人、写真を撮ってくれた人、そして私自身も、幸せであるように。
そんな願いを込めて、本をつくっています。

しかし、もちろん自分が至らないところ、あるいは意図しないところで誰かを傷つけてしまうこともあるだろうと思います。そのことを思いながら、いつも不安に駆られます。
先日、私が自分のライティングにつまずいて弱音を吐いた時に、ある人がこういいました。

「確かにお前の文章は、みんなが喜ぶものじゃない。でも、学校でいったら、学年に一人か二人はかならずおるやろ。少ないかも知れへんけど、お前の言ってることをきいて救われたり、歓ぶやつは絶対おる。その人たちのために書けばいいやんか」

そうだった!

私個人ができることは、とても小さなこと。
世の中で見たらマイノリティ、少数派だろうけども、それでもどこかにいるそんな人たちのためにも、つまりそれは自分自身のためにも、全力で真心を込めること。

まず、このことが一番大切なんだと、改めて思いました。

もちろん、商業出版に携わる以上、ちゃんとした売り上げになるように全力を尽くすことも、重要な仕事です。しかしそれは、あくまでもその次に来ること。
このことを、もう一度、心に刻み、確認しました。

結局、私たちにとって大切なのは、「心」なのではないかと思います。
そして、自分に心があるように、相手や見えないどこかにいる誰かの「心」を想像すること。
そこにもう一度、立ちかえりたいと思います。

私の場合、そこを考え過ぎると、今度は動けなくなってしまうかもしれないので、ほどほどが大切。そこはこれまで培ってきた方法で、どうにかコントロールする必要はありますが……。

さて。

そんなわけで、今はこの目の前の仕事を、心を込めて精いっぱい頑張ります。

長々と、とりとめのない文章を読んでくださってありがとうございました。

(むとう)