BE-PAL.NET連載「文化系アウトドアのススメ」まとめ②修験道の原郷「金剛山」


昨年年末からアウトドア雑誌『BE-PAL』さんのwebで始まった連載「文化系アウトドアのススメ」。連載と言っても不定期。しかも3回に分かれていたりするもんで、繋がりがわからなくなっちゃうよという、知り合いの感想があり。テーマごとに、こちらでもまとめをつくっておこうと思い立ちました。

だいたいひと月に一度、テーマが変わるようなペースで執筆してるんですが、最初のテーマは「大和葛城山」、次のテーマは「金剛山」でした。

上の写真は、大和葛城山から望む金剛山!
昨年の11月に訪れた時は、秋の紅葉が始まっていて、そりゃもう美しかったですよ!

金剛山は、関西の皆さんにはめちゃめちゃメジャーなお山だと思いますが、関東在住の人は、あまりご存じないかもしれませんね。私は歴史好きなので「金剛山」はいつも気になる山でしたし、ぜひ一度登ってみたいと思っていました。「登ってみる」なんて言っちゃってますけど、この取材は、思いっきりロープウェイに乗ってますけども……(恥)。

それにしても、あらゆる意味で、本当に魅力的な山でした!!

とにかく歴史が濃い!!
今回は、「修験道」にフォーカスして取材しましたが、あらゆる時代の記憶の蓄積がものすごい場所で、その深遠さに慄き、オロオロして終わった、と言ってもいいかもしれません。ぜひまた訪ねたいです!

そしてこの取材でうれしかったのは、旅の途中に出会った大阪の皆さんに、ものすごくよくしていただいたということです。記事ではご紹介しきれきませんでしたが、宿泊した山荘・香楠荘さんも、素晴らしかったです。

そして、本っ当に!!
お食事美味しかった!
鴨鍋サイコー!
上の写真、これ一人前ですよ。見切れちゃってますが、お蕎麦もついていて、さらに〆の雑炊までありますから、もう……。

さらに、こちらに戻ってきてからも、金剛山の核心というべき転法輪寺のご住職には、お電話やメールで、何度も対応していただきましたが、癒しの連続でした。こういう出会いがあるから、この仕事辞められないんです。ほんと生きててよかったなあ、と思います。

そんな熱い思いが吹きだしてしまった3回。ぜひお暇な時に、まとめてご覧ください!

第1回目↓

大阪府の最高峰、修験道の原郷「金剛山」へ! 【文化系アウトドアのススメ Vol.4】

第2回目↓

創建は2000年前!?金剛山で悠久の時を感じる

第3回目↓

これぞ金剛山の魂!転法輪寺で異形のほとけに出会う

イチローさんの会見を見て~本当に強い人は優しい~


突然ですが、イチロー選手が、引退を表明しましたね。

引退会見もよかった。私は、その存在感に改めて圧倒されました。

会見の中では、記者の質問を、時にばっさり切り捨てていましたが、それでも、何ともいえない優しさ、他者へのいたわりのようなものを感じました。

イチローさんというと、求道者といったイメージがあります。彼の振舞いには、道を志す人ならではの深い精神世界を感じずにはいられません。彼に「武士道」の面影を感じる人も多いでしょう。私も彼を見ているとどうしても、「武士道」を連想してしまいます。実は、イチローさんの記者会見を見ていると、どうしても連想してしまう人がいます。私が幼い時に憧れ、短い期間でしたが可愛がっていただいた、剣道家の楢崎正彦先生です。

楢崎先生がものすごく強く、偉い人なんだということは、先生のお立場や9段という段位からしても、わかっていました。また、子どもの目から見ても、そりゃもうすごかった。「強烈な強さは、美しさと同意なんだ」と、私は思いました。それはもう、本当にすべてが美しかったですからね。

しかし、「美しい」ことは、「こわい」にもつながります。今その時のことを分析してみると、圧倒的な「気」みたいなものを発散されていたのかもしれません。側に行くなんて、とてもとても。こわいんですよ、それは。

当時、ちょっと問題のある環境にいた私を、先生は不憫に思ってくれたんでしょう。特別に大人の先生方のお稽古の末席に加えてくださって、週に一度稽古をしてくださいました。稽古の時には、必ず「さあ、来なさい」と呼んでくださるので、怖いですけど、側に行かなければなりません。

その時の心境を説明すると、「虎の前に立っているような気分」でした。虎ってものすごく美しいですよね。でも、ものすごく怖い。そんな感じです。そんなにもこわがっているくせに、私が先生を慕ったのは、その「優しい目」ゆえでした。涼しげな眼差しには、いつも茶目っ気と微笑みが漂っている、そんな目をしていました。先生に稽古をつけていただいてからもう30年経つというのに、あの優しい目は今も忘れられません。稽古は厳しかったですけど、いつもあの優しい目が、私を見守ってくださった。

本当に強い人は、優しいんだ。

私は、そう思っていました。実は、イチローさんの記者会見を見ていて、私はそのことを思い出したんです。イチローさんの目も優しいな、と。

イチローさんも、そもそも天性の才を持っておられるとは思いますが、とてつもない苦労と、努力をしてこられたでしょう。あれだけの選手ともなれば、野球の分野だけのご苦労ではないと思います。こころない批判にさらされたこともあったでしょうし、裏切りにもあったかもしれない。私たちには見えない部分で、きっとそんなこともたくさんあるんだろうと思います。ではないと、あんな優しい目にはならないんじゃないかなと思うんです。苦しみを知っているから、ほかの人へのいたわりや優しさを持っている。あの優しい目は、そういう目です。

大人になってから、楢崎先生がB級戦犯として死刑を宣告され、巣鴨に収容されていたことを知りました。先生が観てきた世界とは、私には想像できないほど過酷なものだったはずです。その果てにあの優しい目があったんだ、と何かものすごく腑に落ちるものがあります。

そんな楢崎先生と、イチローさんが重なるんです。野球と剣道の違いはありますが(ちなみに楢崎先生も、剣道界ではだれもが知る伝説的な剣士です)、イチローさんは、世界中の野球選手から尊敬され、憧れられている特別なひとだと言います。それはとても分かる気がします。あの、「本当に強い人」特有の、茶目っ気たっぷりの優しい目で見つめられたら、ひとたまりもない。天才肌で誰のいうことも聞かないような強い生き物――まるでライオンや虎のような選手でも、コロンと猫のようになってしまうのではないでしょうか。

これからは「人望がないから」なんて冗談はいわずに、ぜひ、監督でもなんでも、人を導くひとになってほしいなあ、と勝手に願っています。ただそこにいるだけでも、その姿を見るだけでも、勉強になるような人です。

特に、子どもにとって一番素晴らしい教育とは、本当にすごい人を見ること、知ることなんじゃないかと私は思います。「あんな大人になりたい」と思える存在がいるということは、何よりの教育です。イチローさんは、まさにそんな人。イチローさんがこれからどう生きていかれるか(にわかファンで恐縮ですが)ワクワクしてしまいます。

あ。

ところで、今気づいてしまったんですけど、イチローさんと私、同い年でした^^;。な、なんと…。こんなにも差があるなんて、びっくり。でもまあ、私は私ですよね!? 頑張って生きていきます。

(むとう)

■以下の動画は、ネット上にある楢崎先生の唯一の動画かも。楢崎先生と同じく9段の谷口先生の対戦を見られるなんて、ほんとうにありがたい。youtubeありがとう!

BE-PAL.NET連載「文化系アウトドアのススメ」まとめ①修験道の始まりの場所「大和葛城山」


お久しぶりです!

だいぶアップしていなかったですが、私は元気です。

FBなどでは頻繁に更新してるのに、自分のサイトの「日誌」ではほとんど日誌を書いていない、というこの状況を、ちょっと改めます。今後は、日誌代わりにこちらに書いていこうと思います。

さて、仕事のご報告も兼ねてですが、昨年年末からアウトドア雑誌『BE-PAL』さんのwebで連載を始めました。

連載と言っても不定期連載。でも内容は結構濃くて、三回に分かれていたりするもんで、繋がりがわからなくなっちゃうよという、知り合いの感想があり。テーマごとに、こちらでもまとめをつくっておこうと思い立ちました。

だいたいひと月に一度、テーマが変わるように執筆してるんですが、最初のテーマは「大和葛城山」でした。

秋の大和葛城山は、きれいでしたよ~!上の写真は、サイトではアップしませんでしたが、やたらとはしゃぐ私です。さてさて、第一回は、こちら!↓

新連載 文化系アウトドアのススメ  Vol.1 大和葛城山の山麓をゆく

第二回!↓

文化系アウトドアのススメ Vol.2 大和葛城山の頂きで「国見」気分

第三回!↓

修験道の祖・役小角を妄想してみる 【文化系アウトドアのススメ Vol.3】

…というわけで、新連載はいきなりの修験道の始まりの場所、大和葛城山から役行者レポートでスタート。

アウトドア雑誌のWEBに、この内容でいいんかいな、と回を重ねるごとに思いますが、でもまあ、担当編集Nさんがいいと言ってるし、いいか。と腹をくくっています。

ぜひ、未読の方がいらっしゃいましたら、覗いてみてくださいね~!

(むとう)

2019年、新年のご挨拶。


新年、あけましておめでとうございます!

この年末は、ここ数年の中でも特にバタバタしてしまい、各位に不義理を重ねてしまいました。もうちょっと余裕のある年末年始を過ごすことが、早くも来年への抱負となった新年です。皆様はいかがお過ごしでしょうか?

2018年は2017年に引き続き、微力かつ牛歩ではありますが、一つ歩を重ねられたかな?と思える一年でした。

まずは長年携わっている編集のお仕事。
ずっと担当させていただいております畠山健二先生の書下ろし時代小説シリーズ『本所おけら長屋』は累計73万部を突破、2019年はついに夢の大台100万部がみえてまいりました!そして、五木寛之先生も『人生百年時代のこころと体の整え方』を皮切りとして、『人生百年』シリーズとして、新シリーズをスタートさせることができました!!
いずれにしても、各先生、版元・PHP研究所の皆様のご尽力の賜物なのですが、外部編集者として担当させていただいております私としても、喜びと誇りを感じております。

さらに、執筆のお仕事では、共著で書き下ろした本『今を生きるための密教』(天夢人)を出版できました。編集者ではなく、執筆者として、私を「共著者に」と推してくださった本田さんには、足を向けて寝られません。さらに嬉しいことに、本書はシリーズになりまして、第二弾のテーマも『修験道』に決まりました。密教に続き修験道もこれから一生懸命勉強して、取材をして、面白い文章を書いていきたいと思っております。

さらに、新しいチャレンジとして、webでのお仕事をスタートしました。昨年12月から小学館さんの「BE-PAL.NET」で「文化系アウトドアのススメ」をスタートしました。

これまで、紙媒体しかやったことがなかったので、ドキドキだったのですが、担当してくださっているN副編集長は、私の癖もよくご存じ。きっとうまくハンドリングしてくださるだろうと、大船に乗った気持ちで、今は(いい意味で)開き直っております。理解してくださる方に並走していただけるのは、本当に嬉しいですね!今からどんなふうに書こうかな?とワクワクしています。

***

今年で「平成」が終わります。

この時代が変わるタイミングと、変化によっておこる勢いに、私もどうにかのっていきたいと思います。

そんな意味でも、今年のテーマは「変化」。
そして心構えとしては「新しいことを恐れずやってみる」としていきたいと思っております。

どうか皆様。
本年も何卒よろしくお願い申し上げます!

ありをる企画制作所 武藤郁子 拝

本日刊行した『今を生きるための密教』のお祝いに、ステキなイラストをいただいちゃいました!!


ついに本日発売となりました『今を生きるための密教』。
イラストを書いてくださった唐木みゆさんが、お祝いプレゼントにこんな素敵なイラストをくださいました~!!

本書の中に登場する「熊」と「狸」は、著者である本田さんと武藤をイメージして、唐木さんに書き下ろしていただいたキャラクターなんです。

いやもう、本当に、めっっちゃ可愛いでしょう!??

「動物としての野性、ある種の狂気は残しながらも、動物的な可愛さの範疇でありながら、人間っぽさもあるキャラクターを…」

そんな無茶なお願いに、200パーセントの仕上がりで答えてくださいました。

すぐに迷いだす癖のある私ですが、そんな唐木さんの素晴らしいイラストをいただいて、この本における自分自身の方向性に確信が持てました。そんな意味でも、いろんな意味でも、唐木さんには、何度感謝を申し上げても、足りない気持ちでいっぱいです。

唐木さんの世界観というのは、とても今回の本だけではご紹介しきれないものですが、扉絵を書き下ろしていただいた中にも、その片鱗を見ることができるかと思います。

ちょっと、二枚ほどご紹介させていただいちゃいますね!

いやあ、ほんと最高です!

扉絵は7枚ありますが、ぜひ皆さん、扉絵にもご注目くださいね!
その一枚一枚に、唐木さんが捉えた「密教世界のエッセンス」が込められています。

本書は、主役がたくさんいる本だなあ、とつくづく思います。唐木さんのイラストも間違いなく主役の一つです。

唐木さんは、どのイラストも丁寧に掘り下げて、深く潜りながら書いてくださいました。まさに、傑作!

ぜひ、皆様にも、唐木さんの世界を感じてみていただけたらと思います。ぜひぜひお手に取っていただけたら幸いです!

(武藤)

葛城山・吉野・金剛山~大和から河内へ。役行者を巡る旅~


11月初めに、葛城山、吉野、金剛山を旅してきました。

来年、修験道に関する本を書くことになったので、そのプレ取材です。
何ごともその場所に行かないと始まらない、という私のクセでありまして、今回も修験道と言えば、まずは役小角さんだろうということで、歴史上の役小角さんがいたであろう地を、歩いてきたんですね。

吉野の方は、度々訪ねてますが、葛城山と金剛山は初めてです。以前から、葛城山と金剛山は歩いてみたいと思っていたんですが、関東在住の身からしたら、なかなかに遠くて……。何かのついで、というわけにはいかない場所ですからね。
しかし、今回はお仕事でも必要だし!と、思い切って歩くことができました。

今回は、小角生誕の地、吉祥草寺を皮切りに、葛城山山頂→葛城山山麓(御所市)→吉野→金剛山山頂→金剛山山麓(河内長野市)というルート。

今回も、自分で日程設定しといてこう言うのなんですけど、かなり過酷でした。
頑張りました。
精いっぱい歩きました。
でも、時間が圧倒的に足りなかった!

それなりに、と思って、四泊五日取ったんですけど、甘かった……

しかし、とはいえ。

やはり実際に歩いてみないと分からないことがたくさんありました。
行ってよかったです。
(写真:葛城山山頂からのぞむ金剛山。綺麗でした!)

なぜ、「役小角」という超人があの場所に生まれ、修行し、活躍したのか。
日本文化の基盤である「山岳宗教」の大きな流れの突端が、なぜ、あの地なのか。

そんなことを考え始めるには、もってこいの取材ができたと思います。

今のところ、俄然私の中で盛り上がっているのは、「河内国」の存在感です。
大阪って、こういう側面からももっともっと全国に知られるべきすごい場所ですよ!!ほんとに!
メディアでこの手のことをご紹介するときに、土地勘もない関東の我々は、どうしても大和国からアプローチします。それも大切なことなんですが、しかしそれだけだと、かなりな片手落ちなんだなと、痛感しました。

このあたりのことは、来年の本にがっちり書きたいと思いますが、来月からもうちょっとライト目に、WEB版BE-PALさんでも、書かせていただくことになりそうです。

どうやって書こうかなあ、とちょっと迷い中です…^^;。

(むとう)

違うこと、尊重すること


「むとうさんは、あまり今の事に関わる仕事はしないほうがいい。疲れてしまうだろうから」

取材でお目にかかったとあるお坊さまが、私を一目見るなり、そんなことを言われました。まだ何もお話していないというのに、なんとまあ、ど真ん中なアドバイスをくださったな、この方は本物だな…

なんて、畏れ多くも思ったのですが、実はこのことは、私が生きていく上で最も重要な「生き抜くためのカギ」なのです。

ひとことで言うと、子どもの頃の私は「変な子」でした(今もか)。
子どもながらにもそう自覚していて、生きるためには「普通のこと」から距離を置かないとだめだ、と感じていました。いろんな過酷な体験があったこともありますが、先天的にそう感じていたような気がします。

この「普通のこと」というのは、私が苦手だと感じることでした。
例えば、「感情を表現すること」や、「誰かを好きになったり嫌いになったりすること」あるいは「誰かと競争すること」です。
この「普通のこと」を自分がうまくできないと痛感し、「普通に見えるように」できる限りコントロールしてやり過ごしていたんです。

この時の自分を、「傷ついた子供がやむにやまれず」と言えば、何だかきれいな話になりますけど、そんなにきれいな思いから選んだ方法でもなかったんですよね。かなり冷静に、「この方法が一番ましだ」と思って選びました。純粋というには遠過ぎる考え方です。

とにかく、私が思いのまま振る舞うと、必ず誰かがそれを気にして、意地悪をしたり、否定してきたりするので、めんどくさかったのです。それを回避しないと、私自身のパワーを維持できない、そう考えたのかなと思います。

そして私は、ある程度無難に生き抜くために、「擬態する」「気配を消す」「同調する」という技を手に入れました。

これって、つまり生き物の「生存戦略」ってやつですよね。

その後、そこそこうまく生き抜くことができ、まだ生きているので、その生存戦略は、まあまあ成功だったと思います。

そんな昔のことを思い出したのは、今話題の『新潮45』休刊に至る、諸々の動きに触発されたからです。

LGBTにまつわる様々なことに、私は何かを言えるような、そんな権利も準備もありません。冒頭のお坊さまのアドバイスを思えば、そして私の生存戦略を思えば、ここで何かを言うことは、あまり良くないことかもしれません。でも、ある意味禁を犯しても、やっぱり今回はひとこと言いたくなりました。

私も存在として、マイノリティであると思いながら生きてきたので、LGBTの皆さんはもちろん、私のようなものも、少しでも生きやすい世界になるといいのにな、と強く思っています。

ひとは、みんな違う。
一生懸命、それぞれが生きている。

そのことをもって、他の人の生も、自分の生も、同じように尊重すればいい。
そんなシンプルなことなのに、なぜ、否定するんだろう。
そして、なぜ否定されなくてはいけないのか。……そう思います。

そして、編集者、ライターのはしくれという立場からも、少しだけ。

「言論の自由は保障されるべきだ」という言説の是非は、正直言ってよくわかりません。だからと言ってすべてが是となるのは、私は到底「是」とは思えない。

少なくとも、私は、誰かが不幸せになる本は、つくりたくありません。

「この本と出会った人が、最後にちょっとだけ幸せになってくれますように」

そう願いながら、本をつくってきました。
拙いですから、うまくできたかどうか、それはわかりません。
でも、本を書いてくれた人も、取材させてくれた人も、読んでくれた人も。そして、デザインをしてくれた人、イラスト書いてくれた人、写真を撮ってくれた人、そして私自身も、幸せであるように。
そんな願いを込めて、本をつくっています。

しかし、もちろん自分が至らないところ、あるいは意図しないところで誰かを傷つけてしまうこともあるだろうと思います。そのことを思いながら、いつも不安に駆られます。
先日、私が自分のライティングにつまずいて弱音を吐いた時に、ある人がこういいました。

「確かにお前の文章は、みんなが喜ぶものじゃない。でも、学校でいったら、学年に一人か二人はかならずおるやろ。少ないかも知れへんけど、お前の言ってることをきいて救われたり、歓ぶやつは絶対おる。その人たちのために書けばいいやんか」

そうだった!

私個人ができることは、とても小さなこと。
世の中で見たらマイノリティ、少数派だろうけども、それでもどこかにいるそんな人たちのためにも、つまりそれは自分自身のためにも、全力で真心を込めること。

まず、このことが一番大切なんだと、改めて思いました。

もちろん、商業出版に携わる以上、ちゃんとした売り上げになるように全力を尽くすことも、重要な仕事です。しかしそれは、あくまでもその次に来ること。
このことを、もう一度、心に刻み、確認しました。

結局、私たちにとって大切なのは、「心」なのではないかと思います。
そして、自分に心があるように、相手や見えないどこかにいる誰かの「心」を想像すること。
そこにもう一度、立ちかえりたいと思います。

私の場合、そこを考え過ぎると、今度は動けなくなってしまうかもしれないので、ほどほどが大切。そこはこれまで培ってきた方法で、どうにかコントロールする必要はありますが……。

さて。

そんなわけで、今はこの目の前の仕事を、心を込めて精いっぱい頑張ります。

長々と、とりとめのない文章を読んでくださってありがとうございました。

(むとう)

「野村萬斎さん、オリンピック開閉会式統括責任者に」というニュースを見て、がぜん盛り上がる期待



(上の写真は、日刊スポーツさんのニュース記事です)

野村萬斎さんがオリンピックの演出統括??と聞いて、
え~、萬斎さん、なんでまたそんな畑違いのめんどくさそうなことを…と、正直思ってました。
でも、今朝、たまたま記者会見を見て、おおおお!そうか!と、納得して、何だかワクワクしてきちゃいました。
 
「能・狂言師である自分からすると、そもそも「鎮魂再生」こそ芸能の主題である。今度のオリンピックでは、その日本の芸能の根源を、土台にしてあくまでも本質的に表現したい。見てすぐわかる和ではなく、おおもとの精神に、「和」を持って挑みたい」

要約すると、そんな意味のことをおっしゃってたんですが、
なんで野村萬斎さんほどの本筋の芸能の人が、なぜこの仕事を受けたのかわかった気がしました。

そうか、今度のオリンピックは、規模が大きいけど、「鎮魂祭」なんだ。

だからこそ取って付けたような「和テイスト」ではなく、本質的に正しいことをやらなくてはいけない、と。

萬斎さんはそれをやるには、いろんな作法や手法を知っている自分がやらなくてはと思われたんじゃないか。
 
確かに日本の芸能の根幹とは、「鎮魂」なのです。
神や怨霊を鎮める。神仏に感謝をささげる。凶事を祓い、喜事を招来する。
室町時代に誕生したお能や狂言は、それ以前の時代の芸能のエッセンスを集大成したものですから、テーマのほとんどが鎮魂です。萬斎さんは、そんな伝統のど真ん中に入る人です。
これ以上ないってくらい、本筋のことをよくご存じでしょう。
 
他のメンバーも、今を時めく才能あふれる方ばかりですが、その核になる「魂」を呼ぶ人が必要だった。
それを萬斎さんがやってくれるということなのでは!?
 
いやもう、これは、俄然楽しみになってきました!!

戦国武将と密教の話


はっと気が付いたらこちらの更新滞りまくり。
あいかわらず、元気に細々とお仕事しております!←近況報告です^^;

ここのところ戦国武将と密教の関わりについて一生懸命調べたり、考えたりしています。
これまでにも、戦国時代をテーマにした歴史小説のお手伝いをさせていただいたりはさせていただいたので、少なからず触れてきた世界ではありますが、今回の主役は合戦、情勢がメインテーマではなく、密教を軸とした戦国の風景ってかんじなので、まるで違います。

それほど分量もとれないので、コンパクトにまとめることになりますが、いやあ、本当にこの角度面白いですよ!

私は、師と仰いでいる、仏教史学者のN先生のスタンス「歴史は人を見るもの」に心から共感しています。先生が口癖のように言う「すべてにわけがある」という言葉にも…。100年前の人だろうが、1000年前の人だろうが、「人」です。思いや考えがあって、行動を起こすわけです。それは一見不条理な行為であったとしても、何かしら「わけ」があったのだろうと考えて想像するほうがいいと思います。
##もちろん理由なく殺人を繰り返すような性質の人もいますから、すべてがそうというわけではありませんけれども…
つまり、「こころ」の問題ですよね。
その時、その人は何を思ったのかを想像したい。このポイントが、私自身の探求心の行く先といってもいいかもしれません。

さて。
今回の原稿では、あまりにも有名な話で恐縮ですが、謙信さんと信玄さんにフォーカスすることにしようと思います。
この二人ほど、中世らしい密教、修験、陰陽道などを駆使していたことが、現代にもわかりやすく残っている武将はいないんじゃないかなと思うんですね。
彼らの信仰心が突出しているというよりも、彼らが偉大だったので、文献や何かがよく残っていてるということじゃないかと思います。当時の日本人、武人というのはおしなべてこういう精神世界にいたんじゃないでしょうか。

とはいえ、この二人は、専門家に依頼する側だけでなく、主体的に執り行うこともできたという点でやはり突出してます。
謙信が東密の阿闍梨位を得ている行者だったということは有名ですが、信玄は台密で大僧正位(権僧正とも)を「贈られて」いるとされ、一般的には名誉職的な意味合いを強調されることが多いのですが、実際にはかなりちゃんと本格だったようです。

実は今回は、学侶としても大変有名ながら、同時に祈祷僧としても高名でらっしゃる大変すごいお方に取材させていただくことができまして、同じ行者として、彼らがどんなかんじだったかをお聞きすることができました。

そして、軍記物や願文に出てくる呪法についても、なぜこの組み合わせか、なぜこの呪法(修法)をチョイスしたのかもお聞きしちゃいましたが、これがもう、目から鱗が落ちまくり!

本当に面白い取材でした。やっぱり、ど真ん中におられる方にお話を伺うと、全然違います。実は原稿だいぶ書き上げていたんですが、最初から書きなおすことにしました。それくらい面白いお話がたくさん伺えたんです。

それにしても、緊張しました~!
基本的にビビりなので、いつも緊張してますが、今回の緊張感はなんだか一味違うと言いますか。全部見透かされてしまうんじゃないかという恐ろしさと言いますか。

お会いするなり、

「…あんまり社会派的なことはやらないほうがいいと思いますよ。いろいろ気にしすぎて疲れてしまうだろうから」

と先生に言われて、アワアワしました。
そ、そ、その通りなんです。だから時事的なネタは避けて、できるだけ文化系のお仕事をしてます~とオロオロしながら申し上げました。
やっぱなんか見えてらっしゃったのかな、そうだよな…^^;

下の写真は、たまたま駅ビルで見つけたラーメン屋さんの名前が「空海」だったので、験担ぎですw。

 

 

「校閲」と「校正」、そして編集者の仕事について


編集者にとって、最大の苦しみ

実は、〆切を守っていただけないという状況に苦しめられている日々です。

不安が夢の中までやってきて、追いかけられて崖から落ちる……みたいな夢を見て、目が覚める。そんなことを繰り返しています。

そんな時には、必ず読む本がこちら。

〆切を守れない作家の言い訳、締切や、締切を守らない作家への思いや考えを綴った編集者出身の作家さんの文章などが、これでもかとのっています。

私的には、ものすごく身につまされ、「ああ、こんなに有名な編集者でも、同じような苦労をされてるんだな」と癒されます。苦しんでるのは私だけじゃない、と。

それはともかく、この本は一般の皆さんにとっても、すごく面白い一冊だと思います。締め切りは誰にもありますものね。
また、「編集」というお仕事がどんなものかは、これを読んでいただくと、かなりわかるんじゃないかと思います。

私は編集者なんですけども……(汗)

そうそう。編集者と言えば、なんですけども。

出版業界で、ごく当たり前に使われている「校閲」「校正」という言葉、同業者でも、かなりあいまいに使っているんだな、とここ数年痛感しています。
「フリーの編集者」というのも、いまいちよくわからない、という同業者も結構いらっしゃるような気もしたりするのです。
というのも、どうも私のご説明がうまくないのか、最近、校閲のお仕事のご依頼があったりするんですよね。ちょっと前にもそんなご依頼があり…

「私は編集者なので、校閲はできませんよ??編集者としてお仕事を受ける、その際に校閲的なところまで踏み込んで丁寧にやります、ということでやってますけど…。それよりシンプルに校閲までできる校正者の方にお願いしたほうがいいのでは?」

そんな方を、ご紹介しましょうかと申し上げても、なんだかどうしても私に御用命な様子。ありがたいですが、私も困ってしまうというか……

「ううう。そしたら校閲者として仕事は受けられないです。しかし、校閲的な読み方を編集者がするという範囲で良ければ、一度読みましょうか」

と言ってお預かりしました。

校閲者、校正者のお仕事というのは、編集者とは職域が違うのです。
プロとして請け負うからには、責任が生じます。私は、編集者なので、校閲者としては仕事を受けるなんてことは、ちょっと差し出がましいというか…
「校閲的な読み方をする編集者」として仕事をお受けする、ならギリギリセーフ、と言いますか…

そんなわけでして。
正直、相当戸惑ってしまうので、一度整理させていただいたほうがいいかなと思いました。

校閲・校正者の職域と、編集者の職域

私自身は「フリーの編集者でライター」だと名乗らせていただいてます。キャリア的には単行本の編集者が一番多いので、やはり編集者という名乗りがメインです。

7年前、フリーになった時に、「自分が版元編集だったときに、フリー編集がしてくれたら本当に嬉しいとおもうこと」を考えてみました。

そこで、最近ではなかなか校正者がやってくれない、「校閲的な検証もしながら」丁寧な編集をします、という方針にしました。結果、歴史小説や時代小説のお仕事をコンスタントにいただけるようになったので、その方針は、結構喜んでいただけたのかな、と思います。

ところで、ここで皆さん「校閲と校正って何?何か違うの?」と思われる人は多いでしょう。

実は、これ、似て非なるものなのです。

ざっくり言いますと、

校正とは……一語一字、文字や文章を比べ合わせて、誤りを正すこと。

校閲とは……原稿の意味や内容を読み、事実確認を行うこと。

私が今お世話になっているプロの校正者さんは、校閲的な読み方までしてくださいます。しっかりとした技能を持っておられる、才能あふれたまさに「プロフェッショナル」。ちゃんと勉強されて、その職域についての「責」プラスαを果たしてくださるわけですね。

今の業界では、大きく言うと「校正者」がいて、その中に、「校正作業しかやらない」という人と、「校閲的なところまで踏み込んで読み、校正作業もする」という人がいる、というのが現状です。
後者のような方法をされる方は、今はとても少ない。ですから、敬意も込めて「校閲者」とお呼びすることもあるように思います。校正だけでなく、原典に当たり、事実確認までできる人。それはやはり、相当特別で貴重なスキルです。

編集者も原稿については校正的、校閲的な読み方をします。私は特に校閲的な読み方を重点的に行いますが、もう一人、専門職の皆さんに読んでもらうことで、さらに精度を上げたい、間違いを減らしたい、と考えているのです。編集者は、その貴重な指摘を見て、さらに確認し、必要なければその指摘を外し、あるいは追加の資料を付けたりしながら、著者にその旨をお伝えし、修正していただいたりします。

とはいえ、誤字脱字の類い、つまり校正的な指摘の精査は、編集者マターだと思うので、著者にわざわざ確認するまでもない、と考え、こちらで的確に修正するよう指示を書きこみます。

職域が違うので、ギャラの計算方法も違う

少々下世話な話ですが、ギャラについても少しふれちゃいますけども。

一字ずつ見ていくという職域の校正の場合、料金の発生が文字数で決まります。そういう意味では、ギャラの発生はクリアです。
文字の多い本ほど、たくさんギャラが発生しますし、読んだ回数だけギャラが発生します。労働の対価としてはとても明快。

一方、編集者のギャラは、もっとも不明瞭です。

どんなに手間がかかろうとも、著者都合、出版社都合でやり直しが生じて、当初予定していた日数の倍、行数がかかろうとも、編集費は同じ額です。「校正紙(ゲラ)」を、3回読んで終了することもあれば、10回読んでようやく終了することもありますが、それでも同じ。

「時給計算だけは、しちゃいけないよね」

フリー編集同士で、よく言い合う言葉です。
さらに、著作権も生じないので、売れてもたいして儲かりません。
#ただ、私の場合、重版以降は編集印税を少しでもつけてもらうようにお願いしてます。

こんなに割に合わない仕事はない、フリーでやるもんじゃない……そんな言葉もよく言い合っていますが、それでもやっぱり好きなんでしょうね^^;。やめられません。
ただ、最近はライティング(執筆)業の比率を上げています。ライティングのほうが、権利も明確なので、フリーの仕事としては、すっきりしていてストレスが少ないように思います。

ちょっと、恨み節になってしまいましたが^^;。

さてさて。

もう少し頑張ります。
それにしても、胃が痛い……。

(むとう)