『へんな仏像』という本がすごい!


最近チェックしていなかったので、資料を探す意味も含めていろいろ本を探したりして見てたら、さすが学研さん!という本を発見しました。

江戸時代あたりの、割と新しい時代のものが多いのですが、お?というものもちゃんと掲載してますし、私自身初めて知る珍品も多数登場!
千葉県にあるという「覆面観音」という仏像なんて初耳でした。「覆面」ですよ。マジでわけわからんですよね。すごい!

いやあ、これは労作です。大変ですよお。こういう本作るの^^;;。

構成もこっています。

目次↓
第一章 忘れがたき神仏像
第二章 怪仏観音
第三章 あらわれた異形の神々
第四章 聖者たちの異貌
第五章 鬼女・聖女礼賛
第六章 ダイコク変化
第七章 変容する地蔵尊
第八章 異相の阿弥陀
第九章 天王の偉容
第十章 黄昏の性神たち

単純に言ってしまえば、ほとんどが神仏習合の、神であり仏である…といった境界型の仏像がほとんどです。民間信仰で大切にされてきた身近な仏像、といったかんじ。
やりすぎ感も洗練されない感も、民間ならではです。素晴らしい想像力、いや、妄想力!

ちょっと残念なのは、カバーデザインですね~~。
このお像を表1に持ってきちゃうと、いかにも学研、って感じですけど、かなりちゃんとした仏像の本だということが伝わりにくい。一見、天狗の本?なんて思っちゃうと思う。惜しいなあ。

こんなことを言いたくなってしまうのも、内容が大変な労作だからです。
しかもこれだけ頑張って、お値段571円(税別)!!!しかもオールカラー!!!
ううむ。これはすごい。本当にすごい…

なんだか少々ずれたところで感心してしまってますが、内容はとてもいいのです。仏像好きな方にはお勧めです。「こんなお像あったの?」という驚きが必ず味わえますよ!

苔(コケ)にあいたい~鎌倉観察会編②鎌倉ぐるりコケだらけ!


生き物の生存戦略??
北鎌倉駅からまだ歩いて数メートルの段階で、早くも3種類のコケを教えていただいちゃいました。今回、N先生はあらかじめ下見までしてコースを選んでくださったそうで、動きに全くむだがありません。確実にコケを見せてくださいます。

東慶寺からまたちょっと行ったところにある『去来庵』(ビーフシチューで有名なお店です)の門前にある大きな石の前でストップ。 ヒメジョウゴゴケ

ちょっと写真が見づらいかもしれませんが、このグレーの粒粒して見えるもの、これが「ヒメジョウゴコケ」という地衣類の一種だそうです。「子器」と呼ばれる部分がじょうごの形をしてるので、こういう名前になったとのこと。
さらに、N先生のお話では、この地衣類は銅に汚染された場所に生えるものらしいです。汚染というと何だかコワイですが、例えば屋根が銅版で葺かれてたり、樋が銅でできてたりしますよね。そうすると、そこをつたった水が、下に落ちた時に銅成分を含んでいるんですって。それによってそこのあたりの土には多くの銅成分がしみ込んでるんだそう。なので、銅は生き物にとって毒なので、そのあたりには、銅に強い(もしくは銅を好む)生き物しか生えてこないんだそうです。
これも、生物の「生存戦略」ってやつでしょうか。ほんとに自然界というのは、よくできてますよね。

さて、この観察会では実にたくさんのコケをN先生にご紹介いただいたんですが、私の脳味噌の性能が悪く^^;、さらに自分が書いたメモが汚すぎて判読できない、という情けない状況なので、ここからは印象に残ったものをピックアップしてご紹介してまいりましょう。

東慶寺からほど近い浄智寺の門前に、池と石橋がありました。その池にはふわふわと緑のものが浮いてまして…
koke15

ちょっとだけ掬って観察。終わったらすぐに池に戻しました。自然のコケはとっちゃダメ!なんです。

ちょっとだけ掬って観察。終わったらすぐに池に戻しました。自然のコケはとっちゃダメ!なんです。

水面に浮遊したりするコケの一種で「ウキゴケ」というんだそうです。先のほうがY字になっていて、そのまた先がY字になってどんどんわかれて増えていくとのこと。
水の上にもコケがあるなんて初めて知りました!

続々と現れるコケの皆さん!」
浄智寺からちょっとだけハイキング気分で源氏山公園を抜け、銭洗い弁天へ。
この道すがらもたくさんのコケを観察することができました。

印象深かったのは、浄智寺裏手で教えていただいたこちら!
モジゴケ「モジゴケ」という地衣類の仲間。ちょっと遠目かもしれませんがよく見ていただくと、黒い筋のようなものがたくさん見えてきます。これ、組合せによっては文字みたいに見えるんです。なので「モジ」ゴケなんですって。この黒いのはは『子器』なんだそうですが、なんだか不思議な生き物ですよね。
ウメノキゴケ

こちらは源氏山公園で観察した「ウメノキゴケ」という地衣類。
排気ガスなどに弱くて、空気のきれいなところにいる地衣類なので、大気汚染の指標によくつかわれるんですって。
地衣類は成長がゆっくりなので、ここまで大きくなるにはかなりの年数が必要だそうですよ。

一度見つけると、だんだん見えてきます
さて、こんな風に観察していきますと、いつも見ているはずの風景の中に、コケはたくさん生きていることがわかります。まさに私の目は「節穴」。自分がどれだけ選択的に風景を見ているのかを自覚しますね。
でも、こんな風に教えていただきますと、単なる木のシミだと思っていたものが、何年も生きてきている地衣類だったりすることがわかります。
これって、すごい「気づき」ですよね。

先生と歩いていてつくづく思いましたが、鎌倉ってそこらじゅうにコケや地衣類がたくさんあるんです。特に先生が観察会のために、と選んでくださった場所を歩いたということはもちろん最大の要因と思いますが、それにしても、コケだらけでした!
寺好きゆえに、鎌倉には結構きていますが、こんなに生き物にあふれている場所だとは知りませんでした。改めて感動してしまいました。

帰宅してから、散歩していると自宅の周りの木も地衣類がたくさんくっついてます。みてなかったんですね。っていうか、これが生き物だ、ということと直結しなかったので、注目してなかったんですよね。

いまいち記憶力も悪いし、あれな私ですが、N先生の観察会に参加させていただいて、「コケ」という存在に「気づく目」を与えていただいたと思います。
そんな新しい目で見てみると、若干気持ち悪くなるくらいこの世の中はいきものだらけですよ!(笑)
嬉しくなっちゃいますね!

最後になりますが、お忙しい中ご用意いただき、ご案内いただいたN先生、本当にありがとうございました!そして、お誘いくださいましたYさんも本当にありがとうございます。また遊びに行きましょうね~~!

(終わり)

苔(コケ)にあいたい~鎌倉観察会編①東慶寺入口からスタート!


「苔」という身近だけど謎な存在
「苔」って一体なんなんでしょう?
日陰の湿ったところや、石にへばりついたりしている植物の一種??…それくらいの回答ができるのが精いっぱいなわたくし。
身近にありながらも、意外と「苔」について考えたりすることはないもんですね。生き物が好きです、と言いながら、こんな体たらく^^;。
正直言ってこれまでの私にとっての苔は、石造物に生えているコケ(地衣類)やお寺の庭にある苔…ってくらいの存在でした。でも、この観察会に参加して、がぜん目が開かれてしまいましたよ!

苔の研究者に案内していただく贅沢な時間
今回の観察会は、尊敬する先輩編集者Yさんお誘いいただきました。
Yさんは、動植物の図鑑や書籍のライティングや編集などをされて大活躍のお方。とくにキノコ・鳥といえば、Yさん、(と私は勝手に思っているんですけど)ってなかんじで、素晴らしい編集者です。専門的知識もすごいのですが、とにかく何でも面白がってくださるので、私はそんなY さんに甘えて、よく一緒に遊んでいただいてます。

今回は、そんなYさんのご人脈で知り合ったというコケの研究者N先生主催の観察会に、ラッキーなことに私もお誘いいただいたということなのです。苔のことは全くわからない素人ですけど、こんな贅沢な機会逃すわけにはまいりません。喜び勇んで鎌倉に出かけました。

「では、さっそく行きましょうか」
参加者は私を含めて4人。集合するや否やN先生はそう言ってさっそうと歩きだします。向かうは【東慶寺入口】。……あくまでも「入口」ですよ。今回はお寺や神社をめぐりますが中には入りません!あくまでも「苔」が主役だから(笑)。
お寺好きな私は、あるい意味門前まで来て中に入れないというのは苦行みたいな感じですけど、今回は仕方なし!
今日は、私は「苔の人」…と念じながら苔に集中しようと心に決めましたw。

東慶寺入口の苔

コバノチョウチンゴケまず最初はこちら!コバノチョウチンゴケ、という苔の新芽。美しい黄緑色。
長く伸びているのは「胞子体」という部分。苔は雌株と雄株に分かれているそうなんですが、こちらがあるということは、これは雌株ということになるそうですよ。

東慶寺にいながら、入口にとどまりひたすらメモをとり写真を撮り続ける集団…。あやしいですよね。実際。

東慶寺にいながら、入口にとどまりひたすらメモをとり写真を撮り続ける集団…w

 

そして、この狭いエリアにまだまだいろんな種類の苔があるんだそうで!
サヤゴケこちらは「サヤゴケ」。樹皮に生育する種類だそうですよ。丸い黄緑のつぼみみたいなのも「胞子体」。なんだかかわいいです。
このサヤゴケは、低地に生えてる木の皮に着床して生育するとのことですが、日当りのいいところにも生えるものなんですって。コケ、と言えば湿気のある場所、日蔭、と思い込んでいた私としては目からうろこな感じ。
そしてそして、このサヤゴケがくっついていた樹には、また別の種類のコケ(みたいなもの)がついてまして…
コナイボゴケ
この、白いシミみたいな部分。このシミみたいなのもコケの一種で、もっとちゃんというと「地衣類」の一種だそうですよ。こういうの樹によく見かけますよね。
コナイボゴケ
カビみたいにも見えますが、これは地衣類という種類の生物。菌類と藻類の共生生物なんだそうで、植物ではなく、どちらかといえば菌類なんですって(なんだそりゃ!ってかんじですけどもw)。

こちらの地衣類は、コナイボゴケという種類らしいんですけど、名前に「コケ」ってついちゃってますよね。この辺が日本語の難しいところなんですけど、古来から日本文化では、地衣類とコケ植物を区別しなかったんですって。なので、地衣類にも「コケ」という名前がついてることがままあるそうで^^;。だからコケじゃないのにコケ、ってついてる生物なんですね。しかも、そういうことなんで、日本語的には「コケ」とただ言った場合には、この地衣類も含めて表現する、という習慣を許しているみたいです。でも、厳密には「コケ」ではない…うううう…
わあ、シロウト的にはめちゃくちゃこんがらがります!
前途多難!!

(続く)

「たねと食のおいしい祭り」@カフェスロー(国分寺)に行ってきました!


17日(日)は、カフェスロー@国分寺で行われた「たねと食のおいしい祭り」に行ってきました。
カフェスローは、NGOナマケモノ倶楽部の理念を具現化したカフェとして高名ですね。

tane1

お仕事一緒にしているラボラトリーメンバーが、今回の祭りの主役の一人である、社会企業家ジョン・ムーアさんと仲良し、ということで私も紹介してもらおうとお邪魔したんですが、すごい楽しいお祭りでした!
tane3オーガニックにこだわったお店がたくさん出店しています。私はさっそく北インドのアールーパラタ(ナンと日本のおやきの間みたいなもの。うまし)、イチゴスムージー、ココナツと小豆のぜんざいなどをものすごい勢いで完食。どれもとってもおいしかったので、一気食いしてしまったため、写真撮るの忘れました…

さて.
ジョン・ムーアさんは、在来種の種の保存と保全をしているかた。 実際にお会いしたジョンさんは、うわさどおり陽の気にあふれたすごく素敵な方でした。
tane2

それにしても。

種のことって知らないですよね。
よく考えたら「種」ってすごい資源でもあるし、利権が絡むものでもあります。また、生き物ですから、絶滅したりすることもありうるわけですね。

そんな事をあらためて考えるきっかけをいただいたような気がしてます。

20代のころ、プラントハンターの本の企画を作れないかと思っていろいろリサーチしたことがあるので、その頃のことを思い出しました。またいろいろ調べて,イキモンブでアップしたいと思います!

 

歴史上の人物勝手にベストテン!「人としてすごいですよねベスト10」


今日はいいお天気ですね~~。
いかがお過ごしでしょうか。
私は確定申告(大の苦手)が終わったので、身も心も晴れ晴れとした気持ちでいっぱいです。

そんなわけで、今回は晴れ晴れと、さらに個人的な思いを込めたベスト10をお送りしますよ~~。

人としてすごいですよねベスト10
その人格、業績から言って、人としてすごいなあ、尊敬しちゃうなあ、という人たちを10人考えてみました。このお方たちです!

■行基(ぎょうき)
■鑑真(がんじん)
■空海(くうかい)
■藤原清衡(ふじわらのきよひら)
■法然(ほうねん)
■叡尊(えいそん)
■重源(ちょうげん)
■保科正之(ほしなまさゆき)
■公慶(こうけい)
■上杉鷹山(うえすぎようざん)
■西郷隆盛(さいごうたかもり)

私は、「自分のためでなく、誰かのためや信念のために一生をかけて生き抜いた人」というのが大好きです。このベスト10に上がっている人たちは、全部それに当てはまります。 #お坊さんが多くなっちゃうのはご愛嬌、ということで^^;。

古代から平安時代のすごいお方たち
さて、ちょっとだけ、この方たちの補足説明を、ば。

行基さんは、ご存じない方もいるのかな?
奈良時代、8世紀ごろのお坊さんです。渡来系の血筋に生まれた人で、貧しい生まれのひとでしたが、とても優秀な人だったみたい。民間で活動した人で、土木技術などを駆使して、貧しい人たちが生活できるように、お寺はもちろんのこと、ため池などの灌漑施設や橋などをたくさん建立しました。実は、聖武天皇が東大寺を建立できたのも、行基さんの協力あってのことなんです。

鑑真さんは、皆さんもよくご存知ですね。8世紀ごろ日本側に請われて、日本へやってきたお坊さんです。なんと5回も失敗したのに、それでもあきらめず6回目に日本へ到着し、多くの日本人に戒を与え、日本仏教の興隆に貢献しました。

空海さんも、これまた皆さんよくご存知ですね。空海さんは元は讃岐のあたりの有力豪族の息子さんでしたが、様々な修行ののち出家し、中国へ留学。そこで、仏教の一派である「真言密教」の正当な法統の継承者となって日本に帰国、密教を伝えました。

藤原清衡さんは、奥州藤原氏の祖。平泉の中尊寺などを建立したあの奥州藤原氏です。
この人は、まあ、苦労人なんですよね~~。
幼いころに実父を殺され、その殺した人がお母さんと結婚したため義父となり、育てられました。そんな状態ですから、どう考えても快適な生活ではなかったことは想像に難くありません。さらに、その義父が死んだあと家督争いに巻き込まれ、異母弟に、妻子を殺されてしまいます。そんな地獄のような状態から、這い上がり、ついには平泉に都のように立派な街を作り上げ、その後100年余り続く、奥州の繁栄を作り出しました。

法然さんも、皆さんご存知ですよね。法然さんは平安末期から鎌倉期のお坊さん。地方豪族の息子として生まれますが、子供のころ父親を殺され、お寺に預けられます。そこで、素晴らしく優秀だったので、比叡山に入山し、当時最高のお坊さんたちに次々と教えを受け得度。つまり当時の仏教界では超エリートです。
当時、実は「学問を修める場所は、お寺」だったので、比叡山延暦寺は今でいうと東大みたいな場所です。なので、東大をスキップしてさらに首席で卒業、って感じでしょうか。「智慧第一の法然房」と呼ばれたそうです。しかし、そのあと様々な矛盾を感じて、山を下り、43歳にして「専修念仏」を掲げ、浄土宗を開きました。

叡尊さん。この方は、皆さんご存知ないかなあ。ついこないだ石部のほうでもご紹介しましたが、叡尊さんは、鎌倉時代中期のお坊さん。もともと重源さんと同様に京都醍醐寺、高野山で密教を学んだ人。でもそれだけでは飽き足らず、西大寺で律宗を研究しました。差別される人、らい病患者、娼婦など、弱い立場の人たちのためにその人生を捧げたひとです。

重源さん。こちらも、石部でもご紹介したばかりですけど、一言でいうと、東大寺を復興させたスーパーお坊さん。

江戸時代から幕末のすごい人たち
保科正之さんは、ぐっと時代は下がりますが、江戸時代初期の政治家。二代将軍秀忠の隠し子なんですが、大変な人格者で経営者としての才も抜群な人でした。ここまでくると思想家だと思います。保科正之の思想が、その後の会津人を作り上げていったわけですね。

公慶さん。この方は皆さんたぶんご存じないだろうなあ。実は私もつい最近まで存じ上げませんでした。江戸時代初期のお坊さんです。
実は、かの東大寺は、戦国時代にも焼かれてしまいました。徳川の世になってもしばらくそのままだったんですが、この公慶さんによって、無事復興されました。私たちがみられる現在の東大寺はこの公慶さんが作ったものなんです。
35歳に復興を発願。その時、願いが成就するまで、横になって寝ないと誓い、57歳で亡くなるまで一度も横になって寝なかったんだそうですよ。まさに信念の人です。

上杉鷹山さん。この方は、江戸中期ごろの米沢藩藩主です。もともと他家から養子に来た人なのですが、経営破たんしていた米沢藩を見事立て直した人。義理人情に厚い人格者です。

そして、何の説明もいらないですよね。西郷隆盛さん。
こんなに無欲な人っていないんじゃないかなあ。ほとんど宗教家と言ってもいい。いや宗教家以上に自欲なし。明治維新後、反政府士族たちに担ぎ上げられ、西南戦争で新政府軍と戦い、自害して果てます。この時も、闘っても負けるだろうとわかっていだでしょうし、そもそも大義がないことはわかってたでしょうけど、反発する青年士族たちの気持ちを受け止め、その気持ちに殉じた、という感じですね。

「大欲は無欲に似たり」
この人たちすべてに共通しているのは、自欲はないんですが「大欲」はあるということです。
自分にとって利益があるか、ということはかなりどうでもよくて、もっと大きな願望(大望)を持って行動しています。国の平和であったり、人々の幸せだったり。
私は、ビビりなうえせこい人間なので、なかなかそのような大きな視野を持って行動できていません。なので、こういう人がいる(た)んだ!と知ると、ものすごく感動してしまうんですよね。
もちろん今回ご紹介できなかったけど、すごい人というのは本当にたくさんいます。
そういうすごい人がいたんだ、と知りたいがために私は歴史を知りたいんですね。そんな「宝物」と出会えた時、本当に幸せな気持ちになります。

ぜひ、皆さんの「人としてすごいよね!」という人物、教えてくださいね!

 

 

『名工と若き職人がつなぐ心と技』/柴田敦乙著


先日お仕事をさせていただいているオーダー家具会社で、「魂のある」木工職人さんを求人していました。
社長さんととお話ししていたら、あ、そういえばとっても有望な伝手があるじゃないの?!と思いだしたのが、「京都伝統工芸大学校」。もう8年前になりますが、本書を担当させていただいたことが、伝統工芸の世界に引き込まれてしまうきっかけになったんです。

本書を作った時のことは、今も、ありありと思い出せます。
当時はまだ大学部はなく専門学校だけだったんですが、京都から30分ほど電車で行ったところ、山間部の広々とした土地に、ドドーンと立派な建物が立ってました。

京都伝統工芸専門学校(通称TASK。当時)は、伝統工芸の技術を教えてくれる学校。
特に、工芸界のサンプルメイカー的立場である京都伝統工芸の技術を教えてしまう、というのだから、大変話題になりました。一子相伝みたいな技術を教えちゃうんですもの。かなり反対もされたらしいです。でも、当時、継承者の問題は各地で深刻化していました。
ものづくりのお仕事は、どうしてもハードなものです。効率を上げるわけにもいかない、手間はかかるけど、原材料代は高い、工賃は決して高くない…。楽なお仕事も多々ある今の世の中、生半可な気持ちでは続けられません。なので、各地でその地方の宝でもあるはずの伝統工芸は継ぐ人がいなくて大変な状況になりつつありました。

とはいえ、やりたい人はいるんです。でも、一子相伝といった感じで受け継がれてきた伝統工芸の世界と、なかなかつながることができないんですね。
そこで、経産省が支援する形で立ち上がったのがこの学校だったんです。

とと、なんだか話が長くなっちゃいますね。ちょっといきさつは端折りまして…
##以前、ほぼ日さんでも寄稿させていただいたことがあるので、ぜひこちらのリンク先をごらんください!(「ほぼ日「編集者は知っている」)

本書では、各専攻の先生と、在校生、また卒業生にお話を聞き、一冊の本にまとめるというものでした。
先生、というのは、第一線で活躍されている伝統工芸士の方。これがまたTASKの素晴らしいところで! 超ど級のプロフェッショナルから、懇切丁寧に最高の技術を教えてもらえちゃうんですもの。これ以上の教育はありません。

この時に出会った、先生方は、本当にすべての先生がめちゃくちゃ魅力的でした。
わたしは単なる取材者でしたが、そんなわずかな時間でも、美を追求する感性、厳しさ、思いやり、優しさ、世界観…様々なことを学ばせていただきました。

久しぶりに、本書を手に取り、著者、柴田さんの文章にも酔いしれました。
柴田さんの文章がまた素晴らしいんです!!
緻密な構成、しっかりとした背景把握でものすごい安定感を感じさせながら、人間っていいなあ、そんな感動が行間からビシバシ放射されています。人間礼賛!

ぜひ、お手に取ってみてくださいませ!

 

file.3 般若寺十三重塔(奈良県)


コスモス寺・般若寺
奈良がお好きな方はご存知と思いますが、東大寺の西側のすぐそばに般若寺(はんにゃじ)という古寺があります。
東大寺と比べてしまったら小規模、と言えるかもしれないですが、いえいえ、さにあらず。こちらもまた、鎌倉時代の素晴らしい建造物がたくさん残っている素晴らしいお寺です。

こちらは、「コスモス寺」としても有名で、秋になるとたくさんの妙齢の女性(わたしもですけども)が押し寄せて目を細めています。鮮やかなコスモスが咲き乱れ、美しい建造物が埋もれているような風景。その中を歩きながら少女のように笑い声をあげるおばさまたち……w。
この光景には、こちらにゆかりのお坊さん、叡尊(えいそん)さんもきっと目を細めてうなずかれることでしょう。叡尊さんは女性の幸福を心からお祈りしたような方でしたから…

圧倒的な、「美」!
さて、そんな方面でも十分美しいお寺ですが、こちらは石ものファンにとっても、非常に特別なお寺です。というのも、こちらにある十三重層塔(重文)は、鎌倉時代石造美術界の金字塔・伊行末(いぎょうまつ)が作った石塔だからなのです。

めっちゃかっこいい!!でかい!

めっちゃかっこいい!!でかい!

この石塔は、高さがなんと12・4メートル。国内で二番目に大きな石塔なのです。
ここまで来るともう理屈じゃありません。素晴らしいバランスと、圧倒的な存在感!

さて、こういうスタイルの石塔を「層塔(そうとう)」と呼びます。三重塔や五重塔のように、屋根が何重にかなっている塔です。
こういう塔は、木造の塔と同じような意味と思っていいと思います。中に、仏像や舎利塔を納入していたりして、この塔そのものが祈る対象そのものになります。そういう意味では、東南アジアでよくみられるストゥーパ、パゴダの日本版と考えていいのではないかと。

秋にはこんな風にコスモスに囲まれます。

秋にはこんな風にコスモスに囲まれます。

さて、この塔を作った「伊行末(いぎょうまつ)」さんですけども。

この人は、前回ご紹介した「重源」さんが東大寺復興の際に中国(南宋)から招聘した、宋人石工4人のうちの一人、と言われています。
東大寺の修復はもちろん、重源さんがお金を集まるために各地に作った別所の石壇、室生寺の手前にある大野寺磨崖仏等もこの宋人石工の人たちがかかわっていたそうです。

この四人の中で唯一名前が記されて、現在にも伝わってきているのが「伊行末」さんなのです。おそらく特に優れた才能があったので突出したんでしょう。

かっこよすぎる十三層塔
さて、そんな彼の才能は、この層塔を見れば一目瞭然なのですが、もう少し細かく見ていきましょうか。
hannyaji3

この写真の前方に見えるのは「相輪(そうりん)」です。後方に写っている十三重塔をみてください。屋根の上に細長い棒のようなものが見えますよね。この部分を相輪と呼びますが、この写真に大きく映っているほうが本物で、今後方の屋根の上に据えられているのはレプリカなんだそうです。

hannyaji5それからこちら。屋根の一番下のほうなんですが、四角形の軸部(じくぶ)があります。
軸部は「四方仏(しほうぶつ)といって、東西南北に如来(にょらい)が彫られて(線刻)います。写真は多分、南向きの部分だたと思うので、お釈迦さんです。ちなみに、東は薬師(やくし)さん、西は阿弥陀(あみだ)さん、北は弥勒(みろく)さん。

それにしても、この線刻もよいですね~~~。ちょっと写真だと分かりにくいかもしれませんが、本当に繊細で、かつ安定してる感じがします。

伊行末さんは、ずいぶん若いうちに日本に来たみたいなんですよね。なので、もともと才能はあったかもしれないけど熟練の工人というわけじゃなくて、日本に来てからさらに鍛錬して、日本の美意識をよく理解し、中国の美意識を加えて、素晴らしいものを作り上げた…って感じらしいです。
実際、彼のデザインはものすごいインパクトだったみたいで、この層塔にしても、石灯籠にしても、彼以降は彼のデザインが基本形の一つになっていったんだそうですよ。すごいことですよね。

叡尊さん+伊行末さん、ダブルの味わい十三重層塔この層塔は、そんな伊行末さんの代表作の一つです。圧倒的な美。でも、なんとなく大らかであったかい。非常に男性的な個性を持っていると思います。父性、っていうか。

もちろん、それは伊行末さんの個性でもあったかもしれませんが、この塔を発注した人物・叡尊さんの個性だったかもしれません。

叡尊さんは、西大寺を復興させたお坊さま。律宗の復権を目指し、活動した方で、世代的には重源さんより50年ほど後の方ですが、重源さんと同じように、醍醐寺で僧侶になり、そのあと高野山で学んでいます。

叡尊さんは死後、「興正菩薩」とたたえられた高僧。
差別されている人々、娼婦、らい病患者など、弱い人たちのために、病院を作ったり、生活必需品を支給して、その救済に努めました。それから、女性のための戒壇(正式なお坊さんになるための場所)を設け、女性が正式な僧侶になれるようなシステムも作り上げた方でもあります。

実はこの般若寺も、東大寺が焼き討ちされた時に一緒に被害に遭い、荒廃してたんだそうですが、この叡尊さんたちによって復興されたんだそうです。そして、その時にこの層塔が作られた、ということなんですね。

実は、私、この叡尊さんも大好きなんです!
なので、またこの塔を見ると、伊行末さんと叡尊さんがダブルで味わえるので、二度おいしい?んですよね~。

何度拝しても、気持ちが晴れ晴れしくなる層塔です。
ぜひ皆さんも、東大寺に行かれた折にちょっと足を延ばしてみてください。

 

【仏勉】④世界と私。そしてバランス・調和。


自分がどう成り立ってるか、まず理解する
前回、かなりの飛躍はあるにしろ「世界は私、私は世界である」というところまで、私なりに理解しました。引き続き『日本仏像事典』(真鍋俊照編・吉川弘文館)の「仏教~原始仏教の思想」を読んでみましょう。

以下の三つの理(ことわり)で、私たちは成り立っている、ということみたいです。

■「苦」……自分の思い通りにならないこと
■「無常」……すべてのことは因縁が絡み合って作られたもので、常に変遷するものである。
■「無我」……「無常」の理から考えて、私たちを構成している物質的な要素、機能のいずれも「自己」と解することはできない。(前回「世界は私、私は世界」ってこと?と理解した部分)

さらに、抄訳してみますと…

『迷いの根本は、‟盲目的な欲望”である。
「苦」からの離脱を求める人は、「苦」「無常」「無我」の理をよく理解して、認識を持ち、迷いの根本である「執着・愛欲」を絶たなくてはならない。』

なるほど~~。確かに、迷ってるときって、覚悟が決まってないというか、心が定まらない状態の時ですよね。

仏陀@プラ・パトム・チェディ@ナコーンパトム:タイ

仏陀@プラ・パトム・チェディ@ナコーンパトム:タイ

迷いは「盲目的な欲望」から生まれる
自分を顧みても、「だまされるんじゃないか」「バカにされるんじゃないか」、「損するんじゃないか」…、そんな考えが背後にあるとき、迷ってる状態に陥っている気がします。「怯えてる」とも言えますね。

「よくわからないから不安」。だから怯えてる。怖いので、自分を守る方法として、他者に対して「攻撃」が出てくる。
「よくわからないけど、自分が損したらやだ、得したい」。

こういうが「盲目的な欲望」、なのかな。

仏教では、こういう「盲目的欲望」を断ち切るためには、修行に努め、戒律を守り、禅譲を修める必要があると説きます。これが、「解脱」の境地であり、「涅槃」とも呼ばれるんだそうです。

でもって、これを実践するためには、快楽を求めすぎるのではなく、また苦行をしすぎることのないライン【中道】がいいとし、他者に対しては、人間だけではなく一切の生きとし生けるものに対して慈悲を及ぼすことを理想としました。

でも、こういうことって、そうそうできませんよね。修行とか。普通の人には難しいし。お坊さんになるってめちゃくちゃハードル高いですよね。

私たちにもできること
シッダッタさんは、別に出家修行をしなくても、在家でも実践できます、と言ってます。

個人的な戒律には5つあって、

1.生き物を殺すな
2.盗みをするな
3.邪淫を行うな
4.虚言を言うな
5.酒を飲むな

なんだそうです。
1.は難しいなあ。食べ物を食べる限り、生き物を殺し続けてますものね。
例えば、魚や肉を食べるのをやめたとしても、野菜はいいのかな?
以前から思ってたんですけど、野菜だって生き物ですよね。果実や穀物はいい気がするなあ。これらは「生ったもの」で、その命を一部わけでもらう、というなら矛盾しない。あ、植物も、根から全部食べちゃうんじゃなくて葉っぱを一部もらうなら矛盾しないか。

盗み、はしないようにすれば盗まないで済みそう。
邪淫、虚言、これはまあ大丈夫かな。
酒、もともと飲めないから大丈夫。

あ、でも虚言に関しては、結構「オトナな配慮」の中、うそをついたりしてることはあるなあ。
よくやってるのが、同居している両親に、本当は友人とごはん食べるために外食したんだけど、ブーブーうるさいので、打ち合わせってことにするとか。
これもウソ、っていえばウソですね。こういうのはいいんだろうか…^^;。

ま、それはともかく、この「五戒」って、まあまあ守れそうですね。

こうしてみていくと、シッダッタさんは、すごくまっとうなことをお勧めしてますよね。
つまり、大切なのは『調和』なのかなあ、と感じました。

自分だけいいってのもバランス悪いし、相手のためだけに何かするっていうのもバランス悪い。苦行をして自分を痛めつけるのもやりすぎだし、愉しいと思うことだけをするというのもなんかやりすぎ。

自分のことも、他者にやさしくするようにやさしくする。
他者には自分のことを大切にするように大切にする。

そんなことが、一般人な私たちにとってもとても大切なんじゃないかな~、なんて。

(続く)

カワウソの誘惑


写真の整理をしていたら、こんな写真が出てきました。
kawausoのおおおおおお~~~~~~!!!
かわいすぎるう~~~~~~~~!!!!!!

動物公園で彼らの前に行ってしまうと、あんまりかわいいものですから、なかなか立ち去ることができないのです。
カワウソって、本当に「すべて」が可愛いと思います。
顔、全体のフォルム、動作…。ほんとたまらんですよ~~。

ついに「絶滅種」になってしまったニホンカワウソ
ところで、日本人にとっても、カワウソは古来から身近な動物でした。キツネやタヌキと同じく、人をだます妖怪として描かれたりもしてきましたね。
このカワウソは、「ニホンカワウソ」という種類で、昔は全国に生息していたのですが、長らく環境庁のレッドリストで「絶命危惧種」だったものが昨年夏についに「絶滅種」に指定されてしまいました。残念です。
しかし、その後も目撃報告が寄せられているそうで、ひょっとしたら、という研究者もいるそうなので、可能性は低くても、ぜひ生存していてくれたらいいなあと思います。

さて、私たちが動物園で会えるカワウソは「コツメカワウソ」「ユーラシアカワウソ」という種類が多いようです。このほかにも、「カナダカワウソ」「ビロードカワウソ」(このあたりは日本でも飼育しているところがあるらしい)、大きいものでは2メートルにもなるという世界最大のカワウソ「オオカワウソ」なんていうのもいるんですって。結構種類がたくさんいるんですね。

冒頭にご紹介したのは、たぶんコツメカワウソ。
このコツメカワウソは、カワウソの中でも一番小さい種類で、インド~東南アジア~中国南部に生息しているカワウソです。「コツメ」という名前の通り、ほかのカワウソと比べて爪が小さいんだそうですよ。

どこに行ってもやっぱりカワウソにくぎ付け
数年前、友人を訪ねてシンガポールに行ってきました。
シンガポールの動物園はとっても素晴らしいのですが、ナイトズーに訪れたときに、カワウソくんたちに遭うことができました。kawauso3ううんと、たぶん…。コツメカワウソ?
kawauso2夜だからでしょうか、昼間に増して動きが俊敏な気がします。気のせいか(笑)。
kawauso5あ、この手。やっぱりコツメですよね。
この子たちはカップルでしょうか。いつも一緒に遊んでましたし、一方の子がしきりとこうして私に威嚇をしてきてました。後ろの子を守ろうとするかのように。

それにしても、やっぱりカワウソはいいですね!!

今度近いうちに円空展のために上野に行くので、動物園のほうにもよってこようと思います。また最新写真をアップしますので、ぜひお楽しみに!!

歴史上の人物勝手にベスト10!「かっこいい戦国武将ベスト10」


現在、戦国武将ブームらしいです
さて、今回は、「かっこいい戦国武将」を勝手にあげてみたいと思います。

前回予告では「武将」としましたが、そうするとあまりにもたくさんいるので、「戦国武将」と区切ることにしました。

戦国時代は、ファンもとても多いので、皆さんそれぞれの思い入れがおありと思います。
特に最近では、戦国武将ゲームの人気もあり「戦国ブーム」なんですって。

世の中の戦国武将の人気どうなってるかなあ、と思って調べたら、ぴあで戦国武将特集をやってました。イベントなんかもたくさんあるんですね。知らなかった!

このページのランキングで見ますとこんな感じ。
1位 真田幸村
2位 伊達正宗
3位 前田慶次
4位 織田信長
5位 上杉謙信
6位 直江兼続
7位 石田三成
8位 片倉小十郎景綱
9位 長曾我部元親
10位 明智光秀

こうしてみますと、やっぱりゲームの影響が大きいですよね。
それからゲームもそうですけど、小説や漫画などに取り上げられている人物はより上位に来ているように思います。真田幸村、前田慶次あたりはまさにそうですよね。私も大好きな人物ですが、その実像は実はよく知らなくて、隆慶一郎さんの小説で知っている、って感じですもの。いや、でも、歴史上の人物って、やっぱり誰かに紹介されないとなかなか知る機会がないですものね。創作世界で出会う、というのが当然といえば当然ですね。

そして勝手に「かっこいい戦国武将ベストテン」!
さあ、それでは私も、小説などから得た勝手な思い込み90パーセントの個人的ベストテンをご紹介したいと思います。基準は『私がかっこいいと思うかどうか!』。順不同です。

伊達政宗
本多忠勝
島左近
前田利家
大谷吉継
支倉常長
竹中半兵衛
直江兼続
上杉謙信
徳川家康

悩みましたけども、こんな10人ですね~~~。
伊達政宗は、幼いころから死ぬまでの間、意地を通した、って感じがして好きなんです。戦上手だし、文化的センスも素晴らしい。でもよく言われますけど、生まれてくるのが20年遅かったってやつですね。

本多忠勝は、その勇猛果敢な武将っぷりがたまらなく好きですね。まさに「猛将」。ひょっとしたら私の中ではこの人がナンバーワンといってもいいかも、ってくらい好き。本当に強い武将です。

島左近も、いいですよね~。この人は智将であったとも思いますが、やはり義に生きた猛将というのがふさわしいかな。最後に関が原で討ち死にしたんですけど(諸説あり)、その時のまるで鬼神のような獅子奮迅の恐ろしさに、闘った黒田長政軍の兵士たちは後年まで悪夢を見た、と言われてます。

前田利家も、若いころは猛将です。後年のふるまいから穏やかなイメージが先に来ますけど、若いころは傾き者で有名で、直情型の武闘派だったようですね。さらに当時としては大変な長身で(180㎝)、信長の愛人でもあったそうですよ(加賀藩の資料に信長本人が披露していることが記されてるそうでので本当のことらしい)。

大谷吉継は、「智将」ですね。秀吉の下で数々の功績をあげますが、大変な病(らい病といわれます)のため、一時職を辞しますが秀吉はそれを惜しんで離さなかったといいます。人柄もとても優れていたと伝わっていますが、彼が「義にあつい」とされたのは石田光成との関係。敗けると分かっていたけど、三成のために西軍に味方し、最終的に自害して果てました。

支倉常長は、慶長遣欧使節団の正使だった人。「かっこいい武将ベストテンなのに?」と思う方も多いと思いますが、この人はもともと武将として功績があった人。で、おそらくその意志の強さとか、ハッタリ効く感じとかそういうことから、伊達政宗に抜擢されたんはないかと思うんです。だって、この役割半端なくきついですもの!

竹中半兵衛は、もう何も言わなくていいですよね。智将といえばこの人、って感じですよね。

直江兼続も、はいはいはい、とうなずいてくれる人は多いことでしょう。私の場合、小説なんかでの兼続さん像で惚れ込んだタイプ。義に厚く、頭のいい、教養のある智将ってかんじですね。

上杉謙信。実は武田信玄と迷いました。信玄さんはうちの先祖ゆかりの人でちょっと特別な思い入れがあるのです。でも、上杉謙信のほうが、その矛盾の抱え方とかが逆に人間らしくて好きかなあ、という感じでこちらに一票w。武将としてはもちろん一級の人ですよね。

最後に、徳川家康。ほんと、迷いました。でもこの人はやっぱり武将としてもすごいです。同時代の人からも「海道一の弓取り」と呼ばれたのは伊達じゃない。また、結構知られてないかもですが、一人の武人としてもとても優れていました。剣術・弓術・馬術・砲術などあらゆる武術で一級の腕前だったそうです。何はともあれ、信じられないほどの数の合戦を生き残って天下を取ったというのはやっぱりすごいですよね。

こうして自分が挙げたかっこいい武将を見てみますと、共通してるのは「義に厚い」という部分ですね。
自分のため、という人よりも、何かのため誰かのために覚悟決めて成し遂げた、って感じの人が好きなんですね~。

皆さんのベストテンはいかがですか??
ぜひ教えてくださいね!

そして次もまたベストテン、続く…^^