file.30 富久屋春秋庵の「あんみつ」


いちにちいちあんこ

今日は、埼玉に戻ってきて一番一緒に時間を過ごしてきたKさんが、仕事の関係でスイスに引越しされることが決まったので壮行会もどきを開催しました。

ランチはお寿司。そしてデザートには、もちろん和菓子を!

最近では、海外でも和食は大人気で、和菓子も手に入ったりもしますが、なんといっても本場にはかないません。お寿司も和菓子も日本で食べると本当に美味しい。そんなわけで、「和」尽くしの会食になりました。

訪れたのは、東松山市市役所近くにある富久屋さんです。こちらは、みたらし団子の中にこしあんが入っている「牡丹だんご」で有名ですが、喫茶スペースもあっておいしい甘味をいただくことができます。

今日私が頂いたのは、あんみつです!
あんみつ

カンペキに、直球に正しいあんみつでしょう??!
ちょっと他と違うのは、寒天ではなくくずもちのあんみつだということかな。ちょっと食感がねっとりとしていて、美味しいです。

あんみつ

丁寧に手作りしたな、というしっかりとしたあんこ。美味しいです。
さらに嬉しいのは、たっぷり、ぎっしりのせてくれてます。アイスディッシャーで掬ってくれてるんですけど、もう目いっぱい詰め込んで、パカッとしてくれたな、という感じ。

一見きれいに盛ってくださってるので、こじんまりとして見えたのですが、くずもちとあんこのおかげですごいボリューム感でした。お値段も500円くらいとお手軽価格。これはCPいいですわあ。

富久屋春秋庵
http://tabelog.com/saitama/A1105/A110502/11003202/

 

イシブカツvol.10  あついぞ!熊谷&深谷③上杉さんもすごいです。


イシブカツ

南北朝時代の深谷もアツイ
さて、前回は、この深谷という地がいかに文化度高かったかについてアツく語ってしまいましたが、その流れは今回も続きます。

岡部さんの墓からこれまた車で10分ほどの至近距離に、国済寺という立派な禅宗のお寺があります。
国済寺三門

立派な三門ですね~。かっこいいです。
こちらの創建は1390年。今から600年ほど前ですね。時代としては南北朝時代です。前回ご紹介した、岡部六弥太さんが生きた時代から200年ほど経過しています。

国済寺

本堂も立派です。堂々としてますよね。残念ながら何度か火災に遭い、当初の建物ではないそうですけど、そのたたずまいは十分に残しているのではないでしょうか。

ところで、こちらのお寺を開創した人は、上杉憲英(うえすぎのりふさ)さんという武人なのですが、実はこの方のお父さんが、足利幕府を開いた足利尊氏の従弟さんなのです。

上杉氏というのは、もともと公家の家柄で、藤原氏の血筋なのですが、足利氏と縁戚関係を結んだりして土着し、武人化した一群。南北朝から戦国時代の長きにわたり、武人の名門としてその名を馳せていきました。

このお寺は、上杉憲英さんが、当時不穏な動きを見せていた新田氏を抑えるために、お父さんから派遣されて築城した、廰鼻和(こばなわ)城の南側に建てられました。

廰鼻和(こばなわ)上杉氏の菩提寺
さて、このお寺には上杉憲英さん以下、廰鼻和(こばなわ)上杉氏累代のお墓が残されています。ちなみに、当初憲英さんは「コバナワ上杉氏」と名乗っていたそうですが、その数代先の子孫から「深谷上杉氏」を名乗ったそうです。
深谷上杉氏累代の墓

これが、その累代の墓です。すみません、中央に見える白い影は石造センパイです。幽霊とかじゃないですから!ご心配なく!
#センパイが最初のご挨拶で手を合わせて、振り返ったところを撮ってしまいました。しかし全体写真はこの写真しかなかったので、先輩のお姿はぼかしてお届けしております。

さて、先輩のお姿で隠れてしまってますが、中央の覆屋のしたにある宝篋印塔が、憲英さんのお墓で、左右に並んでいるのが一族の墓標とのことです。こちらも立派ですね。きれいに清掃されて清々しい空気です。墓地ですけど、怖くないですよ!

上杉憲英墓

資料によりますと、時代が室町とのこと。なるほど、全体的にちょっと華奢で細身な宝篋印塔です。時代が室町とされている、ということは、本人が亡くなってからしばらくたって、供養塔として建造されたのかもしれませんね。

初めてみる墓石の形

上杉氏累代の墓

さて、そして、左側にあります累代の墓。

「…こういう形のものは初めて見るね」

と石造センパイ。確かに、こういう形のものを墓標として見るのは初めてです。祠のようなかたちですよ。

「祠っぽいですけど、奥行きが浅くて横長な感じがちょっと違いますよね。なんなんだろう…。よくあるものなんでしょうか」

思わず黙り込む二人。一年ほど前に、南会津村に行ったときにも、こんな石造物は見たことがあるような気がしますが…↓。
南会津村の石造物全然違った。祠ですよね。改めてみると。
ところが、こちらのものは、「家型の埴輪」に似ているような気がする…。

ナゾの石造物

さらに謎なのは、軸部、というか屋根の下の部分。幾何学模様にぬいてあるんですよね。こういうのをわざわざ開けるというのは、ひょっとしてこれ、中に灯心いれたりしたのかな?と思って、可能な範囲で覗き込みましたが、どうもそんな様子はない感じ…

ハート形の窓

「それにしても、これなんて、ハート形じゃん!」

石造センパイが興奮するのもよくわかります。実はこのハート形、私たちにとってとても馴染み深いものなのです。

ハート形といえば、朝鮮伝来の形で馬具飾りなどに好んで用いられ、日本でも古墳の副葬品などに散見される「心葉形(しんようがた)」を、想像してしまうのです。というのも、私たちの師匠、N先生もこの形を好まれて、さりげなく灯籠の意匠に用いられてました。なのでとても見覚えのあるものなのです。

実際、この深谷のあたりから熊谷、また群馬のあたりには古墳がたくさんありますし、そうしたところからこの意匠の馬具装飾などはかなり出ています。関係ないかもしれませんけど、なんか関係あったら面白いなあ。かなりな妄想ですけどもww。

それにしても、これ、いったい何というものなんでしょう。どなたかご存知の方、ぜひ教えてください!!

(続く)

福田豊文さんの新作『どうぶつの赤ちゃん』、発売!


夏休み真っ盛りです。お盆休みの今週は、特に親子連れを見かけます。私の事務所の近くにある動物園では、ナイトズーも開催しており、大人気。

私もナイトズーに行きたいのはやまやまですが、このあまりの暑さにすっかり怖気づいてまだこの夏は行けていません。夜になっても気温が下がらないのがねえ^^;、どうも…。

そんな折、前の出版社でお世話になった編集の先輩がた、写真家の福田豊文さんが、たまたま近くの印刷工場で印刷立ち合いにいらして、打ち上げに誘っていただきました。

久しぶりの再会、動物バナシに花が咲く!

このメンバーでお話をすると、改めて「生き物って楽しいよな~」と思うのです。生き物の不思議な生態、多様な生の在り方、またそれを追いかける生物好きの皆さんの愛に満ちた面白い行動…(笑)。
福田さんのお写真を拝見すると、その「愛」をバシバシ感じます。よく知っているはずの動物でも、「あ、こんな表情するんだ!」と驚かされます。

そんな福田さんに、新刊を頂戴しました。

どうぶつのあかちゃんばかりを集めているという、反則的にかわいい写真絵本です!
犬や猫、チンパンジーやライオン、虎、カピバラといった動物、全部で25種類!

どのページも可愛すぎますが、私の場合特にこの…
ライオン

(P16-17より引用)

この表情!!!!
子ライオンちゃんが、母ライオンに頼りきっているこの安心に満ちた表情。素晴らしいですよね。そして…
シロクマ

ホッキョクグマさん、ダイブ!決定的瞬間です!
そして、すごいのはこのダイブしているときのホッキョクグマさんの表情。「やった~♪」みたいな何とも言えないいい顔してるんですよね。

この本は、子供向けの写真絵本ですが、写真集として見ても、動物好きをうならせるようなお写真がたくさん掲載されています。ほんと素晴らしい。

もちろん子供たちにもぜひ見てもらいたい!今度、姪っ子が遊びに来たら一緒に読みたいな、と思います。たぶん彼女も喜ぶはず。

福田さん、素晴らしいご本、本当にありがとうございました!

イシブカツvol.10  あついぞ!熊谷&深谷②岡部さん、すごいです。


イシブカツ

深谷が誇る鎌倉武士・岡部六弥太さん
さて、平忠度(たいらのただのり)さんの五輪塔の後は、やっぱり岡部六弥太(おかべろくやた)さんの五輪塔を見るべきですよね。車で行くと15分ほど。ずいぶん近くにあるんですねえ。

さて、岡部六弥太さんについて、ちょっとご紹介しておきましょう。

岡部六弥太忠澄さんは、鎌倉時代に活躍した人。鎌倉幕府を開いた源頼朝のお父さん・義朝の家来で、頼朝が平家打倒で挙兵した時に合流。すでにご紹介したとおり、一ノ谷の合戦では敵将:平忠度を討ち取って、武名を上げました。

「岡部さん」は、もともと有力御家人だったみたいです。

埼玉県中・北部のあたりには、熊谷次郎直実や、畠山重忠など、頼朝に仕えた大物御家人の本拠地が集中しています。「勢力を持っている」ということは、おそらくそこそこの経済基盤があったということです。深谷や熊谷のあたりは、すぐそばに荒川や利根川もありますし、豊かな農地があり、交易路もあります。遺跡や古墳もたくさんありますので、それこそ縄文のころから豊かな土地だったんでしょう。
そういう富の蓄積があったからこそ、鎌倉になって花開いた、と言えるんじゃないかと思います。

文化度の高さと富裕度は密接に関係してる
岡部さんもそんな状況の中で現れた富裕な御家人です。というか、私たちは彼のお墓である五輪塔を見て「富裕」だったに違いない、と思うに至ったのでした。
岡部六弥太墓地

こちらが、その岡部六弥太のお墓です!

なんだか妙に大きい、というか何基も五輪塔がありますよ。資料によりますと、岡部六弥太の父母、妻など一族の五輪塔6基が残ってるみたいです。
岡部六弥太墓この左側の削れちゃってるのが、六弥太さんの五輪塔だそうです(右側はお父さんの五輪塔)。なんでこんなに削れているかというと、お乳が出ないとき、また子宝を授かりたいときにこの五輪塔を削って飲むといい、という迷信があったんですって。なんでそんなことになったんだろう??ナゾです・・w
#ひょっとした六弥太さんは女性に優しい人だったのかもしれませんね。

また、この五輪塔は「凝灰岩」という、比較的やわらかい石でてきてるので、削りやすかったんだろうなと。ちなみに、地らの凝灰岩は、群馬県の天神山産だということがわかっています。美しい白色で、きめが細かく細工もしやすいそうです。いろんなところに運ばれて、供養塔などに好んで使われたんですって。

そして、この天神山は、あの名族・新田氏の領地にあります。新田氏の重要な交易品目だったんでしょうか。また、この石を大量に使って五輪塔を代々作っている岡部さんなので、きっと新田氏とも交流があったんだろうなあ、と想像されます。
岡部氏の墓そして、六弥太さんの左側にあるこちらは、奥さんの玉ノ井さんの五輪塔です。こちらは形もよく残ってますね。

それにしても美しい五輪塔です。写真だとちょっとわかりにくいですが、白地に赤茶の地層みたいな模様が入ってます。マーブル模様ってかんじです。形もとても洗練されてます。

じっと見つめていた石造センパイが、ほうっとため息をつきました。

「これを作った人、概念としての五輪塔の意味をちゃんと理解してて、なおかつ中央で作られている五輪塔をつぶさに見たことがあるんじゃないかな。でないと、こういうきれいな五輪塔は作れないと思うよ」

うんうん。確かにこのクオリティは半端ないなあ。
玉ノ井墓以前、国の重要文化財に指定されている東松山市の宝篋印塔を観に行った時も、そのあまりに洗練された美しい姿に驚きました。なぜこんな鄙の地にこれだけのものが?!と。

こういう洗練されたものがある、ということは、このあたりの当時の文化度を垣間見ることができます。そして冒頭にもお話ししましたが、文化度が高い、ということは経済的基盤がかなりしっかりあったはず=富裕なんじゃないかと。

たとえ、今は野原であったとしても、こういった石ものがあることで、そこに高度な文化があったことを確認できますね。この五輪塔を見る限り、当時の岡部氏の文化度の高さは相当なもんだったろう、と想像できます。

(続く)

イシブカツvol.10  あついぞ!熊谷&深谷①「関東石もの」の聖地へ


イシブカツ
記念すべき第10回目
またまたちょっと久しぶりになってしまいましたイシブカツ。前回の「東京真ん中編」から、ふと気が付いたら二か月以上経過。油断なりませんねえ。

そんなこんなで、今回はなんと記念すべき10回目だったりするのです。イシブカツ、感動の10回目は、やはり「熊谷」ですよ!!
実は、石部が愛してやまない「板碑」の最古は熊谷市にあるんです。そして第一回イシブカツも熊谷巡礼から始めたのでした。まさに「聖地」と言って過言でない場所!!

しかし、熊谷といえば数年前日本最高気温をたたき出し、「あついぞ!熊谷」キャンペーンで有名です。何もこの暑いさなかに行かなくてもいいような…

「いや、だからこそ行く。暑い熊谷をあえて味わいたい!」

熊谷のやばい暑さを知ってひよる私に、石田石造(女)センパイがこぶしを振り上げる如く言い放ちました。そこまで言われちゃあ私もこぶしを振り上げざるを得ません。熱中症にならないように、せめてかき氷「雪くま」を食べるぞ!といつも以上にリキをいれてリサーチを開始。そして今回は、熊谷の北部と深谷エリアの石ものを見て廻ろう、と予定を立てました。

深谷エリアの石ものもアツイ!
熊谷は、平家物語でも有名な「熊谷次郎直実」の出身地ですし、有力鎌倉武士の地だというのはよくわかっていました。なので、鎌倉時代の立派な板碑がたくさんあるのはよくわかっていたんですけど、そのお隣の深谷市は盲点でした。石部の根本教典(?)である川勝先生の『日本石造美術事典』に掲載されていなかったことも大きな理由です。

調べてみますと、確かに板碑はあまりないですが、立派な五輪塔が数基あります。私たちはまず、その五輪塔を見て廻ることにしました。

まず訪れたのは、「平忠度(たいらのただのり)の墓」。深谷駅から車で5分ほど。歩いても15分くらいの清心寺境内にあります。
清心寺立派なお寺ですよね!……いや、実は私たち、深谷駅周辺に来てちょっと驚きました。ほんとなめててごめんなさい、というかんじなんですけど、神社やお寺が多く、しかもとても立派なんです。
さらに少し車を走らせていると、美しい小川がそこかしこを流れていて、水が豊かなことがわかります。こういう環境は、間違いなく「豊かな土地」ってやつです。熊谷もそうですけど、こういう土地に鎌倉時代有力ご家人がいたというのはとてもわかりやすい。納得の地勢です。
清心寺そしてきよぎよしく立派な本堂。ドドーンとしていて「武士!」ってかんじ。かっこいいですね。こちらのお寺は、室町時代、深谷を領していた深谷上杉氏の有力家臣だった岡谷氏創建だそうです。

平忠度さんと岡部六弥太さんの因縁
お寺の門をくぐってすぐ左にお目当ての五輪塔はありました。でも、本堂でまずはご挨拶…というわけで、お参りを済ませてから改めて入り口付近に戻ります。
平忠度の墓標はいこちら!
立派な看板もあります。「平忠度公墓」。

さて、この「平忠度」さんですが、どんな人と申しますと、平清盛の異母弟です。弟と言っても26歳も年下。紀伊半島の熊野で生まれ育った人らしい。

武人としても見事な人だったらしいですが、歌人としても有名だったそうで、一ノ谷の戦いで、源氏方のご家人、岡部六弥太忠澄(おかべろくやたただすみ)に討ち取られた時も、敵味方なくとても惜しまれたんですって。

実は、この五輪塔も「墓」となってますけど、実際には骨が入ってるわけではなく「供養塔」なのです。平忠度を打ち取った張本人である岡部六弥太が、その死を悼み、供養のために自分の領地の一番景色のよい場所に、この五輪塔を建てたんだそうですよ。いやあ、なんかいい話ですよね。
平忠度五輪塔こちらがその五輪塔です。火輪(笠)や水輪(丸い真ん中の部分)の様子を見るとそれほど古くなさそうに見えます。古くても鎌倉後期くらいじゃないかな…。市の文化財資料をみますと「鎌倉~室町」とあります。定かでないんですね。

この塔を建てたという岡部六弥太は、1197年(鎌倉初期)に亡くなってますので、時代が合わなくなっちゃいますね。ううむ。しかし、この塔は鎌倉初期まではいかないですよねえ。ううむ。

とはいえ、この塔のすっきりとさわやかな印象はいいかんじです。伝承にある「平忠度」の文武両道な人物像と、それを悼む武人・岡部六弥太の印象ととてもよく合ってます。

さて、そしてその横には、板碑もありましたよ。
板碑こちらは、深谷市指定文化財になっていますが、詳細不明。資料によると「鎌倉」とだけありますね。上部分が欠けてしまってますが、残っている蓮台の様子なんかを見ますと、キリッ&スパっなかっこいいかんじ。鎌倉中後期、かな~。ううう、わからない。
#どなたか、ご存知の方、ぜひ教えてください!!

(続く)

file.27 糸屋製菓店の「翁羊羹」


 

いちにちいちあんこ

私の中で、豊島屋さんの「鳩サブレ」と同じぐらい思い出深いのがこの、糸屋さんの「翁羊羹」です。
豊島屋さんの鳩サブレは、神奈川の親せきがよく買ってきてくれましたし、糸屋さんの翁羊羹は父が、仕事で深谷市に行った帰りに買ってきてくれた、お馴染みのお菓子です。

鳩サブレは、社会人になって一人暮らしを始めても自分で買ってよく食べてましたし、関西の取引先へのお土産に買ったりして、その後も馴染み深いのですが、糸屋の翁羊羹は、深谷に行かないと買えない羊羹なので、ずっと「食べたいけど手に入らない」お菓子でした。

なので、月曜日に『石部』で深谷市に行くことになった時、真っ先に思い浮かべたのが「翁羊羹」!これはぜひとも手に入れなければ!!

そして念願の、「杉箱入り 翁羊羹」です!!20年ぶりの邂逅。
翁羊羹

杉の箱に入ってるもので、2100円。もう少し小さな紙箱入りもありますが、テンション上がってるので、大きいのを購入!
翁羊羹

そうそう、これですよ~!この絵、覚えてます。懐かしい!
翁羊羹中はこんなかんじ。
翁羊羹これを切って食べます。

翁羊羹はい、できあがり!!

翁羊羹は、こしあんの羊羹です。寒天が強めで、下のほうには砂糖の塊がゴツゴツしてるような、昔ながらの羊羹。

……いや。

ちょっと迷いますが、やっぱり正直に言います。

記憶の「翁羊羹」とは、かなり違うものでした。私が思い込みすぎていたのかな、と思いますけど、家族全員が「……あれ?」と言って黙ってしまうくらい。

「夏だから、よく火を入れて、甘味も強めてるのかもね」と母。

そうかもしれません。

もちろん、ちゃんと美味しいんですよ。とても丁寧に作られている羊羹だと思います。

でも、昔食べたとき、「ああ、丁寧に作ったこしあんってこんなに美味しいんだ!」と衝撃を受けたんですが、今回はそこまでの衝撃は味わえませんでした。

でも、まあ、美味しかったから、いっか!

そして、私は「せっかくだから」ともう一つの名物「翁最中」も買ってきました。こちらは明日ご紹介しますね。

糸屋製菓店
http://tabelog.com/saitama/A1105/A110503/11004209/

 

file.26 慈げんの「雪くま」


いちにちいちあんこ
「あついぜ!熊谷」のカキ氷!
夏は暑いし大変ですけど、やっぱり夏ならではの楽しいこともたくさんありますよね!夏休み、海水浴、スイカ、カキ氷…。

そう!カキ氷! 暑い中で食べるカキ氷、最高ですよね~!

そんなわけで本日ご紹介するいちあんこは、カキ氷でございます。しかも「熊谷市」のカキ氷「雪くま」です!!

皆さんもよくご存知と思いますが、埼玉県熊谷市は「日本一暑い」ということで、この季節は特によくニュースに登場します。
実は、私、熊谷市内にある高校に通っていました。自宅のあった東松山市からは車で40分ほどかかります。かなり遠いです。なので、気候も文化も結構違うんです。
熊谷に通うようになって驚いたのは、夏の暑さと冬の寒さです。内陸性の盆地気候なので、とにかく寒暖の差が激しい。京都みたいな感じですね。過酷です。

しかし、そんな気候も、受け取り方を変えたらこんなに楽しくなっちゃうんですね。

熊谷市では、日本一の気温を記録したことをうまく利用して、「日本一あついまち」としてプロモーションし、全国の皆さんにアピールしています。イベントをしたり、グッズを作ったり。今回ご紹介する「雪くま」もその流れででてきたもののようです。

「雪くま」は、「熊谷市内のおいしい水で作った氷を使い、氷の削り方に気を使ってふんわりとした食感で、オリジナルのシロップや食材を使っている」ことを条件としてるそうです。これらをクリアしたお店には「雪くま」のフラッグがあって、一目でわかります。

たくさんのお店があってよくわからないので、高校時代の友人N@熊谷在住にお勧めを教えてもらいました。

「慈げん」さんです。

熊谷駅から車で10分ほど。熊谷市民が愛してやまない百貨店〔八木橋〕の裏あたりにありました。

イシブカツ、オアシスに出会う
実は、この暑い時になぜあえて熊谷…というかんじですが^^;、『石部』のイシブカツ(注:石造物をみる会)で、熊谷と深谷を取材したのです。熊谷エリアは、今も鎌倉武士の遺跡を多く残している、重要エリアなのです。同行の石田石造(女)センパイが「どうせ行くならものすごく暑い熊谷に行きたい」と勇気のあることをおっしゃるので、あえてこの時期に出かけてきました。

7月頭より、風もありますしだいぶ過ごしやすかったとは思いますが、やっぱり暑いものは暑い。石もの(石造物)はたいがい外にありますから、二人とも暑さでよれよれになりました。

そこでたどりついた「慈げん」さん。

よれよれな私たちにとって、そこはまさにオアシスでした!

メニューは、魅力的なものがこれでもかと目白押し。どれにしようか悩みに悩んで決めたのがこちら!
煎茶+しろあん私は「煎茶+しろあん」!!そして、石造センパイは「和三盆+小豆あん」!!
和三盆+小豆あん甘い蜜を好みでかけながらいただきますよお!
おおお、本当に氷がふんわりしてます。さらっと溶けて軽い!なるほど、これが「雪くま」ですね!

私のオーダーした、煎茶+白あんは、濃く出した煎茶が爽やか。蜜をたっぷりかけても甘みほんのりです。
しろあん!氷の下に、丁寧に炊いた白いんげん豆がたっぷり入ってます。皮もやわらかくて、豆本来の良さをとてもよく感じます。美味しい!
あずきあん!石造センパイのほうの小豆あんもたっぷりです。
私もいただきましたが、この小豆あんも素晴らしい!こんなに美味しいあんこ、なかなかないわってくらい美味しいです。
和三盆の蜜もとっても上品。和三盆は本当に角がなくて、爽やかにおいしい砂糖ですけど、その良さを存分に味わえます。

いやあ、本当に美味しかったです。
暑い熊谷で美味しいかき氷を食べる。これ以上正しいことってないですよねえ。
絶対また行きます!

慈げん
http://www.city.kumagaya.lg.jp/kanko/meibutsu/yukikuma.html

お久しぶりなのは…


 

みなさま、大変お久しぶりです。
実は、本サイト編集長ことわたくし・むとう、きっかり二週間入院しておりました!
19日に腹痛で救急に駆け込みそのまま入院。どうにか昨日退院して現在自宅療養中です。

何しろ二週間も入院したのは初めての経験です。後半はだいぶ回復して検査待ちも含めて入院続行という感じだったのですが、それでもほとんど動いてませんから、筋肉が落ちてます。ちょっと動いただけでも、かなり疲れちゃいますね。
今週中は、徐々に体調をみながら仕事復帰したいと思っております。

本サイトの更新もちょいちょい再開したいと思いますので、みなさま、どうぞよろしくお願い申し上げます。

むとう 拝

file.22 十万石の「水ようかん」


いちにちいちあんこ
梅雨がうそのような日々が続きましたが、今日はちょっと梅雨らしいお天気ですね。雨は降ってはいませんけど、じめっとした曇り空。空気が重いです。

実は、ワタクシ、低気圧と湿度にとても弱い体質なのです。フクフクしているうえにいつも顔色がいいもんで、ものすごく頑丈そうに思われてますけれども、実はけっこうセンシティブなのです。

今日も原稿を書きながら、体が重くてグデーッとしてました。仕事も全然はかどりません。毎年のことなのですが、梅雨の時期って眠くてしょうがないんですよね。

そんな私を見るにみかねてか、父がいかにもこの季節らしいあんこものを買ってきてくれました。
水ようかん
水ようかんです!!

いいですよねえ。水ようかん。つるりといきたいですよねえ。
水ようかん先日、十万石まんじゅうでもご紹介しました、埼玉が誇る和菓子屋さん「十万石」の水ようかんです。
実は、うちの父が十万石大好きで、仕事で行田のほうにいってはお土産で買ってきてくれるのです。
水ようかん水ようかんといえば、こしあんです。「十万石まんじゅう」のこしあんもおいしいですから推して知るべし、ですが、もちろん水ようかんのあんこも大変おいしいです。
つるりんとした口どけがたまりません。まさに涼菓ですね。

さて、水ようかんといえば、そうです福井県ですね!!
あ、あれ?
みなさんご存じない方のほうが多いでしょうか。

福井の嶺北のあたりでは水ようかんの消費量半端ないですけど、かの地では水ようかんは冬の風物詩なのです。
http://www.excite.co.jp/News/bit/E1290088391876.html

おこたに入りながら、水ようかんを食べる、というのもまた乙ですよね。
福井の水ようかん食べたいな~。

でも、福井の水ようかんは11月から3月までなので、今はないんですよね~。
今年は絶対お取り寄せしますよ!

十万石
http://www.jumangoku.co.jp/

file.16 十万石の「十万石まんじゅう」


いちにちいちあんこ

「うまいうますぎる!」。

このフレーズ、ご存じの方がいたら、そうそれは埼玉県民または埼玉出身者ですよね。

子どものころ、埼玉テレビでやたら放送されていたローカルCMのコピーで、もともとは版画家の棟方志功さんの言葉なんですって。棟方画伯のイラストとともに、埼玉県民にとって強烈な記憶として今も魂に?刻まれています。
埼玉県北部の行田市の和菓子なので、中西部出身の私からすると「北部に住んでいる伯母がお土産でもってきてくれる美味しいお饅頭」という存在です。

そんなわけで、こちらの十万石まんじゅうは、ほんとによく食べてきました。でも何度食べても、きっちりおいしいんですよ~。全然飽きません!!
十万石まんじゅう皮にはつくねイモや米粉がつかわれてるそうで、いわゆるじょうよ饅頭ですね。しっとりもっちりしていて何とも言えないいい香りがします。そしてなかのあんこは…
十万石まんじゅう
ものすごく密度の濃いこしあん! 甘さはしっかりありますが口どけがとてもすっきりとしたあんこです。

まあ、この十万石まんじゅう、あんこが嫌いという人を除けばほとんど好き嫌いはないだろうな~という安定した美味しさですね。
素材そのものの味をいただける、って感じで、なんだか安心して食べられる気がします。

ネットで調べましたら、最近では、都内ではナチュラルローソン新宿西店でも売ってるらしい。なるほどなあと思います。

十万石
http://www.jumangoku.co.jp/index.html