「鳳凰の声を聴け」


仕事柄、ただひとり、ひたすらに机に向かうことが多いのですが、
何日間も閉じこもって仕事をしていると、世界がどんどん狭まってくるように思い、だんだん悲しい気持ちになってきます。

今日みたいないいお天気の休日にこもっていると特に…^^;

そんな時には、A老師の揮毫を拝見すると、気持ちが落ち着いてきます。
ちょっとカジュアルで恐縮ですが、一番目に入る机の正面にぺたりと貼らせていただいてるんですね。

以前大変お世話になっている先生にお供して、A老師をおたずねした際に、ご案内くださったNさんが、師の揮毫を印刷されたとのことで、わけてくださったものなんです。

A老師の柔らかで優しい物腰は、私のような門外漢でも一瞬にしてその大きさを感じ取れてしまうような方でした。全く詳しくないですが、禅僧の理想のお姿を見たような気がしたものです。

「聴鳳」

恥ずかしながら、正しい意味を分かっているわけではありません。
でも、この何とも言えない美しい文字を見ていると、世界が広がっていくような心地がするのです。

「鳳」とは、鳳凰の「鳳」ですが、「聴」とあるからには、「聴く」ということでしょう。「聴く」としたら〈鳳凰の声〉か、あるいは鳳凰の鳴き声から律を定めて造られたという竹の笛《鳳笛》のことでしょうか。

姿が見えなくても、声〔音〕は聴こえます。
たとえ、孤独でもその声は聴こえてくるはず。聴こえないのは、自分が聞きたくないからなのではないか、と。

「鳳凰の声を聴きなさい」
――見えているもの、自分でわかることだけがすべてではない。
もっともっと大きなものが世界にはある。
その豊かさを、大きさを感じなさい。

……と。

私にとっては、そんな意味に思えてくるんですね。

そうすると、なんだかちょっと安心するんです。

そんなわけでして、本日ももう少し仕事がんばります。
そして夕方は剣道のお稽古に行くぞ~!おーー!!!

 

常に「今」を出発点に生きる方法とは!?『ないがままで生きる』/玄侑宗久著(SB新書)


仙厓 無法の禅』で編集をお手伝いさせていただきました玄侑宗久先生の新刊が、SB新書さんより刊行されましたので、ご紹介させてください!

実は、本当にちょっとだけお手伝いさせていただきました。
お手伝いというのもおこがましいほどちょっとのことなのですが、さすが情け深い玄侑先生。まえがきに私の名前も入れてくださってます。
そうした先生と担当編集Mさんのお心遣いが本当にありがたくて、胸がいっぱいになってしまいました。ありがとうございました!

さてさて、そしてこちらがその新刊です!
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今回のご本は新書。『ないがままで生きる』というタイトルがステキですね~!

本文のほうではユーモアたっぷりのイラストもそこかしこに配置されていて、とてもキャッチーで読みやすいですよ。

さて、皆さんも、きっとこのタイトルに使われている「ないがまま」とは一体何なのか、気になっていると思います!

実際には読んでいただくのが一番面白いと思いますし、ネタバレになっちゃうかなと思いつつ、「ないがまま」という言葉についてだけ、ちょっとだけご紹介しちゃいますと……

「あるがまま」ということはよく言いますね。あるがままでいいんですよ、なんて言います。
しかし、先生は、そこを一歩踏み込むのです。

「あるがまま」ということは、すでに「在る」という状態がないと成立しません。
あるがままとはつまり、「『ある』ということをそのまま認めていいよ」、そんな意味かと思うのですが、では、「ある」と思えない場合、「ある」と自分で肯定できない、そんな人はどうしたらいいんでしょうか。

なるほど、そういう時ってありますよ。
たとえば私の場合。

失敗ばっかりやらかして、情けなくて恥ずかしくて、自分に何か「ある」なんてとても思えないとき。
自分にあるとしたらそれはマイナスのことばかりで何も肯定できない、そんな精神状態の時ってありますよね。

それなら「今」を出発点にしたらいい、「今」はゼロ地点です。つまり「ない」状態ですね。つまりその「ゼロ」、そのままでいいということです。

「いま」を積み重ねさい。それでじゅうぶん。

「ないがまま」で生きたらいいじゃないですか。

――そんな先生の言葉を聞いたような気がしてきました。(ここのところはすべて武藤の妄想なんですけどね)

そのほかにも、先生の優しくて真っ直ぐな言葉がたくさん詰まった一冊です。
禅の教えや老荘の考え方の入門編として読まれるのもお勧めですよ!
ぜひお手に取ってみてくださいね!

(むとう)

苦しみもだえ孤独に落ちようとする若き日の仙厓。そんな仙厓を見守る先輩たちの「待つ」愛がたまりません!『仙厓 無法の禅』/玄侑宗久著


「仙厓(せんがい)」さんと言えば、江戸時代の禅僧で、おかしみのある洒脱な禅画を描き、今も大変人気の高いお方です。

百田尚樹先生の『海賊と呼ばれた男』の主人公のモデル、出光興産創業者・出光佐三氏は、仙厓さんの画をこよなく愛し、数多く収集しました。そのコレクションは、出光興産の美術館・出光美術館で所蔵され、代表作の多くを見ることができます。

さて、そんな仙厓さんですが、若いころは頭が良すぎて尖りまくった青年だったことは、意外と知られてないかもしれません。

本書は、そんな「知られざる」仙厓の前半生が、詳らかに語られています。というのも、著者の玄侑宗久先生ならでは、でしょう。

ご存じのように、玄侑宗久先生は臨済宗の僧侶でらっしゃいます。仙厓さんも臨済僧です。そして、先生が住職されている福島三春町の福聚寺は、仙厓さんの先輩が住職されていた場所であり、その先輩が仙厓に書かせたという聯が今も残っているのです。

先生は、そんなご縁も含め、以前から仙厓さんに私淑されていたとのことで、ある意味、「身内」のような近さでもって、仙厓その人と画と共に読み解いてくださいました。それが本書、『仙厓 無法の禅』です。

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表紙になっている画は、仙厓ファンの人もほとんどご存じないと思います。

福島市満願寺所蔵の「石きょう図」と言いますが、「石きょう」とは、もともと猟師だたった禅僧で、石きょう慧蔵(せっきょうえぞう)と言い、常に弓を携え、機に臨んでは「矢を看よ」と叫び、弓を構えたと言います。

殺生を許されないお坊さんが弓を構える、というこの大いなる矛盾……。

しかしこのエピソードはいかにも禅の世界という気がします。

先生もN編集長も、表紙の絵はどれにしようかと迷われましたが、やはり東北を行脚していた時の知られざる仙厓の姿を良く表している、本画を選ばれました。

30代半ばの時の絵ですから、老境に入り、円融無碍(えんゆうむげ)な境地で、自由自在に筆を動かした仙厓さんの画からしたら、とても若い画ですね。しかし、この未熟さが、青年・仙厓さんを良く表しています。

若いころの仙厓さんは、かなり扱いづらそうな青年です。とにかく頭がよく才能は抜群。でも、劣等感や競争心など、マイナス部分もかなり持ち合わせていたのではないかと思われます。それで、悩みぬいて無茶苦茶なことをしでかし孤独に落ちようとするのですが、優秀な3人の先輩たちは、そんな仙厓を見離すことはありませんでした。

甘やかすようなことはしない。
でも、しっかりと見守る。そして「待つ」。

………「愛」ですねえ~~~~!!!

「待つ」ということは、「信じている」ということでしょう。

仙厓さんは、やっぱり恵まれている人かもしれません。絶望の底にあってのたうっていても、その淵から必ず帰ってくる、立派な求道者になる、と信じてくれる人たち三人も、一歩も動かず泰然といてくれたのですから。

本書は、「〇△□」や「指月布袋」などの有名な絵もたくさん登場します。しかし、こういった青年期を越えて、あの境地に至ったのだと知ってから、改めて玄侑先生の解説でもってこの画をみますと、また違った画に見えてくる気がします。

私も編集をお手伝いしているうちに、どんどん見えてくるものが変わった気がしています。ぜひ皆さんにもそんな体験をしていただけたらと思います。

ぜひ、お手に取ってみてくださいね!

(むとう)