【2017宗像・対馬・壱岐旅】⑭ワタツミ信仰の聖母子と、八幡信仰の聖母子の習合なのでは……?


その四、対馬国一宮・木坂海神(きさかかいじん)神社

仁位を出発してさらに北上すると、対馬西海岸の中心に三根湾があり、その北側に「木坂」という里があります。里の北側には「伊豆山」という神山があり、その山腹に「海神神社」が鎮座しています。

私たちがたどり着いたのは、夕方ごろ。かなり暗くなっています。
周辺には人家もほとんど見えず、静まり返っていてなんかコワイ。ひとりだったらたぶんここでお参りして境内には入らなかったかもしれません(ビビり)。

本殿は見えませんけど、そんな遠くないだろうと、鳥居をくぐってみましたら…

あれっ?また鳥居が…
なんか全然本殿が見えませんよ(嫌な予感)。

薄暗い急坂な参道を、ただひたすら上り続けます。
これってまさに、山の気配です。これまでのお社は、みんな海の気配濃厚でしたが、このお社は間違いなく山の神さまの懐に入っていく感じがします。
ほんっと、一人じゃなくてよかった。

薄暗い参道は、きれいに整備されていますが、かなりの湿気でキノコ類の天国と化していました。とりあえず気を紛らわせようとキノコの写真撮ってみたりして…

ふお~!ようやく明るいところに出ましたよ!
鳥居の向こうに、建物が見えて、本当にホッとしました。
そして、もはやお馴染みの、この角度。
正面は絶対ずらしてきますよ。それにして激しい角度です。

そして、終に本殿に到達!
めちゃくちゃ立派です~~!!さすが一宮ですね。

「母と子」が主祭神のお社なのではないか

今でこそ、名前が「海神」になってますが、明治以前は八幡本宮、あるいは上津八幡宮と号していたそうで、社の古い由緒によると「神功皇后が新羅親征の帰途、幡(はた)八流を祀ったことに始まり、八幡宮創始の地と伝える」んだそうです。

しかし、延喜式の対馬のリストには「八幡宮」という名前はないので、おそらく明神大社「和多都美御子神社」に比定されると考えられるとのこと。つまり、神宮皇后ゆかりの八幡信仰とワタヅミ信仰の習合と考えてもいいのかな、と思います。
(それにしても立派!)

祭神についても、辞書など見ますと諸説ありますが、豊玉姫、ヒコホホデミ、ウガヤフキアエズのワタツミ系三柱、そこに応神天皇・神功皇后を合祀して、五柱とするのが正しいのではないかと、と永留先生が書かれてますが、やっぱりそれが一番しっくりきますね。

いずれにせよ、ここの信仰の中心は、「母と子」なんじゃないかな、と思われてなりません。豊玉姫(母)とウガヤフキアエズ(子)、神功皇后(母)と応神天皇(子)といった風に、お父さんの気配は大変希薄です。今風に言えばキャリアウーマンシングルマザーと息子、という感じです。

永留先生が、「和多都美御子神社」に比定するのも、おそらくそんなことをお考えだったからかな、と思います。

それにしても、山の気配が濃いお社です。
海神神社なのに……

……やっぱり、ここは、そもそも伊豆山がご神体のお社なんじゃないかな~……

伊豆とは、「厳(いづ)」、「齊(いつ)く」の意味で、聖なる美を意味します。つまり、この山はとても古い時代から信仰の対象で、まずそれがあって、そこにワタツミ信仰が乗り、さらに八幡信仰が乗っていったんじゃないかな~という気がします。
重層的な聖地なんじゃないかと。

山の神は女性である、とすることはよくありますので、そういう神さまの原型があり、そこに、ワタツミ系の聖母子と、八幡系の聖母子が習合したんじゃないかな、……とそんな気がします。
(続く)

【2017宗像・対馬・壱岐旅】⑪住吉神社なのに、祭神はワタツミ系の不思議


その一、鶏知の住吉神社〔明神大社比定〕

対馬島のちょうど真ん中には、入り組んだ入り江と島からなる浅茅(あそう)湾があり、その南側の入り口といった位置に「鷄知(けち)」という集落があります。住吉神社はその集落に鎮座しています。

対馬の集落は、切り立った山の下に形成されているので、かなり密集した感じなのですが、このお社がある場所も、辿りつくまでの道が細くて、慣れない車で焦りまくりました。

とはいえ、どうにかたどり着くと大きく立派な鳥居があり、参道をぐいぐい歩いて行きます。屋根のある門をくぐりますと、お社が見えてきましたが……

……あ、やっぱり、参道の正面にお社がありませんよ。
しかもすごい角度。ううむ。これは、気のせいではありませんよね。万松院と全く同じ思想を感じます。やっぱり意図的にはずしてるんだよな……


いやもう、これはわかりやすい。
なんかよくわからないけど、くいっと真ん中から外す、それが対馬の寺社の作法なのか……。

住吉さんなのに、祭神は住吉三神ではないこの不思議

謎は深まるばかりですが、さらに謎が深まるのは、こちらは明神大社の住吉神社なのに、その主祭神が、住吉三神ではないということです。
住吉神社は、日本中にありますが、中でも有名なのは大阪の住吉大社と博多の住吉神社でしょうか(この二社はいずれも明神大です)。
「住吉社」と言えば、主祭神は住吉三神こと、底筒男命 (そこつつのおのみこと) 、中筒男命 (なかつつのおのみこと) 、表筒男命 (うわつつのおのみこと) なのですが、鶏知の住吉神社は違います。
鵜草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)と、豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)、玉依毘売命(タマヨリビメノミコト)の三神です。

何だかこう神さまの名前を羅列されると、わけわからなくなるかもしれませんが、ものすごくざっくりご説明しますと

ウガヤフキアエズ→神武天皇の父
トヨタマヒメ →海神オオワタツミの娘。ウガヤフキアエズの母で、神武天皇祖母
タマヨリビメ →海神オオワタツミの娘。ウガヤフキアエズの叔母で妻。神武天皇母

となります。「海幸彦と山幸彦」のお話はご存じの方が多いと思いますが、その山幸彦が海の底に行って結ばれたお姫さまというのが、このトヨタマヒメ。そして二人の間の子が、ウガヤフキアエズなのですね。

そして、住吉三神はというと、伊邪那岐命 (いざなぎのみこと)が黄泉(よみ)から戻って穢れを清めるために、海に入ったところ生まれた神々。有名なのは、神功皇后 の三韓遠征を促し、神功皇后(第14代仲哀天皇皇后)は住吉三神の加護のおかげで三韓を平定し、無事帰還したという物語です。そのため、神功皇后も一緒にお祀りされることも多いらしく、「住吉大神」というとこの四神のことを言うこともあるようです。

しかし、こちらに祀られているのは、初代天皇である神武天皇のお父さんとお母さん、そして奥さん。神話上とはいえ13代の隔たりがあります。

また、ちょっと見方を変えますと、ウガヤフキアエズは天孫系ですが、女性二人は海人族の女性です。つまり、祭神の名前だけ見る限り、こちらは住吉神社というよりは、ワタツミ神社という内容ですよね。

ちなみに、住吉神社はもうひとつ鴨居瀬という集落にもあり、どうも最初の住吉神社はこちらのようで「元宮」と呼ばれるそうです。こちらには住吉三神が祀られているそうなので、なぜ新宮では祀られなくなってしまったんだろう、と素朴な疑問……。

(続く)