file.100 春日庵の「さつま焼」


いちにちいちあんこ

なんと、全然気づいていなかったのですが、今回がなんと100ファイル目を数えます!
わああ、いろいろ食べてきたなあ、私。

とはいっても、「いちにちいちあんこ」というミッション?は誰に求められるまでもなく、日々実践しておりますが、それで考えますと、100というのはちと少ないと思われますよね?
言い訳してしまいますが、けっこう重なってしまったり、コンビニのあんぱんだったり、と、ご紹介するに及ばない、というものもたくさんいただいてるんですよ~。ほんとに~~。

さて、そんな言い訳はともかく。

計らずとも、そんな記念的な回にご紹介しますのは、奈良市のならまちエリアにある名店、春日庵さんの「さつま焼」です!!

実は先週末、大阪出張に前入りして、奈良に一泊してきました。

久し振りに、薬師寺さんのMさんにご挨拶しよう!と思い、今回は前もってご相談。すると、お目にかかれる、ということになりました!
#Mさん、お忙しいのにすみません~!

そして、贅沢にもMさんの御案内で、現在特別公開されている西塔を拝観させていただき、さらには食堂(じきどう)再建のための、瓦奉納もさせていただいたりしました。
この様子につきましては、また改めまして、ブツタビにてご報告したいと思うのですが…。

Mさん、私のこのサイトもたまに覗いてくださっているとのことで、

「むとうさん、奈良で美味しいあんこってな~んだ」

と満面の笑顔で前振り。
ううう、またなんて難しいお題を!

いつもの十倍くらい、小さい脳みそをフル回転させましたが、ついつい、「たくさんありますけど、有名どころのぶと饅頭とかでしょうか」とお答えしてしまいました。

すると、Mさん。
ふっと微笑まれて、紙袋からとりだされたのが…

春日庵さんの「さつま焼」~~!!

あああ、そうでしたそうでした!
さつま焼もありましたーーーー!!

と思わず叫ぶワタクシ。すみません、いきなりはずしてしまいました~!(涙)

なんと、春日庵さんの御主人とお友達だそうで、私が来ると言うので、わざわざご用意いただいていたとおっしゃるのです。ひやああ、恐縮です!!でもめっちゃうれしいです!!

IMG_2134

さっそく大阪のホテルについてから、いそいそと紙袋からこちらをとりだしました。
夕方の打ち合わせの前に、ちょっとばかりおやつをば…
IMG_2136お包みがまた可愛いですよね~~。
あったかい気持ちになります!
IMG_2138きゃ~~!いっぱい入ってる~~!

いつも私が買うときは、元興寺さん周辺を散策中にいただくので、一個か二個。
そういえば今まで箱で買ったことなかったなあ。

IMG_2140ちょっとライティングは黄色いですね。
なぜなら、ビジネスホテルの小さな机のライトでとってるもので、ね…^^;;
自宅に持ち帰るまで待てなかったんですよねえ。

IMG_2141さて、包みを開きますと、こんな感じです!
実は、「さつま焼」は、「サツマイモをかたどった」和菓子で、お芋は使われていないんです。

北海道産の小豆のこしあんを小麦粉と卵の生地でくるんで、竹串に刺して焼き上げたもの。
断面を見てみますと…

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こんな感じです。
ちょっとわかりにくいかもしれませんが、真ん中に少し穴が開いているのがわかりますでしょうか。これがその串の証、ですね。

そして、こしあんがほくほくとしていて、ホロリと解けます。まるで美味しい薩摩芋のような食感!でも味はものすごく美味しいこしあん!
甘さもしっかりとあり、香ばしい皮と絶妙なコンビネーションです。
明治30年から作り続けてこられたとのことですが、当時、さつま焼はかなりハイカラで贅沢なお菓子だったのではないでしょうか。

打ち合わせ前に、抑え気味に二個、一気食い♪
もっともっと食べられる心もちでしたが、会食もあるし、と思いぐっとこらえました。
ワタシ、大人になったわね。ホント。

Mさん、ご馳走様でした~!
そして、お忙しい中お付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。
ぜひまた、お目にかかれましたら嬉しいですっ!

春日庵
http://www.kasuga-an.co.jp/

 

file.86 幾世屋の「桜餅」


いちにちいちあんこ 3月7日から3泊4日で、奈良と大阪に旅してきました。

今回のお目当ては2つ。

奈良で念願のお水取り@東大寺をWさんとご一緒して拝観することと、大阪でH山先生の親友でいつもたいへんおせわになっているAさんにお目にかかること。

結果的に天候にはかなりやられましたが、とても実り多き旅になりました。

あんこもご紹介しきれないほどいただきましたが、中でも印象に残ったものをご紹介していきたいと思います。

7日目の小観音出御を狙って奈良入りしたものの、この日は大雨。どうにかお松明だけは見ましたが、全身びしょびしょ。

本当はお堂の中に入ったりしてみたかったのですが、さすがにもうだめだとあきらめて、Wさんと合流し、居酒屋「鬼無里」へ。

この時、Wさんにご紹介いただいたのが、Kさん。
Kさんは生駒のほうで幼稚園の園長先生をされているとのこと。とても朗らかで、素敵な方。寒さに震える私を気遣ってくださいました。

「あ、そうだ、甘いものはお好きですか?」

とバッグから包みを取り出されました。

20150312-1

「生駒ではみんな知ってる和菓子屋さんのお菓子なんですよ。 もしよかったらどうぞ」

おお。私があんこ好きとはご存じないはずなのに、なんと嬉しい!

もちろん遠慮なく喜んでちょうだいしちゃいました!

その日は鬼無里の大将が美味しいお総菜をたくさん出してくださったので、おなかいっぱい。翌朝の朝ごはんでいただきました。

調べてみましたら、幾世屋さんという和菓子屋さんですね。(ちょっと漢字が読めなかったので確認しちゃいました^^;)

食べログの書き込みなど拝見しますと、かわいらしいデザインの和菓子がいろいろあってお洒落なお店です。

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お花見がテーマな感じでしょうか。
桜餅に3色の花見団子。

かわい~!

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桜餅は道明寺ですね。

関東ですと小麦粉のクレープであんこを包むタイプが一般的ですが、関西ではもち米で包んだタイプです。
あんこは品のいいこしあん。1日経ってしまったとはいえ、十分に美味しいです。

道明寺タイプの桜餅は、塩漬けした桜の葉、もち米、あんこが混然一体になるきがしますね。分かちがたい、と言いますか。関東風だとバラバラに食べることもできますし、葉っぱがもっと固いかもしれない。子どものころは葉っぱが苦手で、はがして食べてましたね。 どちらかというと、私は関西風の桜餅のほうが好き、かな??

ちなみに、お団子のほうはあんこなしでしたが、ほのかな甘さが美味しかったです。

生駒のほうにはなかなか足をのばす機会はないですが、幾世屋さん、ぜひ行ってみたいなあ。食べログで見ると、カフェも併設されてますね。ぜひその場で和菓子をいただいてみたい!
Kさん、ご馳走様でした!
美味しかったです~!

幾世屋
http://tabelog.com/nara/A2902/A290201/29002309/

【関西旅2015】②1264年一度も途切れず行われてきた行法『お水取り』、そして『お水送り』


十一面観音さんに懺悔する「十一面悔過(じゅういちめんけか)」

東大寺の「お水取り」をどうしてもみたくて、奈良を訪れたワタクシ。

「一度は観ないと安心して死ねないわっ」と長年思ってきたので、今回奇跡的に時間がとれたのは、まさに念願のチャンスでした。

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(おなじみ大仏殿。何度見ても巨大ですが、こちらは江戸時代の再建でして、創建当初はもっと大きかったそうですよ)

さてさて、ではどうしてそんなにも観てみたかったのか。

それは東大寺という日本仏教史上格別なお寺さんの歴史そのものであり、もっといえば日本における仏教史そのものともいえますし、また、日本ならではの仏教とプリミティブな信仰との集合形態のもっとも明らかなものであるから、といえますでしょうか。

お水取りが始まったとされるのは、752年。東大寺の大仏殿の開眼供養が行われたのが749年ですから、開創まもなくのタイミング。
この東大寺の開眼供養を行った開祖・良弁僧正(ろうべんそうじょう)の弟子、実忠和尚(じっちゅうかしょう)という人が、創始されました。一説にによると、この時実忠さんは20代。オフィシャルな行事として始まったのではなかったのではないか、と言います。

正式名称は「十一面悔過(じゅういちめんけか)」というそうなんですが、この十一面とは「十一面観音」さんのこと。「悔過」とは、懺悔する、という意味です。東大寺の二月堂のご本尊は十一面観音さん。このご本尊に、練行衆という特別に選ばれたお坊さんたちが、日々さまざまな過ちを重ねている私たちに代わって懺悔してくださる、という行なのですね。

本行は14日間行われるのですが、そのタイムスケジュールで行われる行の内容をみても、 シンクレティズム(神仏習合)であることがとてもよくわかります。

『お水取り』と『お水送り』

そもそも、正式名称は「十一面悔過」なのに、なぜ『お水取り』と呼ばれるのか。
『水取り』と呼ばれる行は、14日間のうち12日目に行われるもので、全体を示すものではないのです。しかしこの行が「最も大切な行」である、とされているのが、奇妙で面白い。

これまた不思議なお話があるんですね。『二月堂縁起』という本によると…。

実忠さんがこの行を始めたときに、日本中の神々に呼びかけ招きました。しかし、若狭国の遠敷(おにう)明神という神さまが、川で魚を取っていて、遅刻してしまいます。
遠敷明神はこれを歎いて謝罪し、実忠さんにこう約束します。「道場のほとりに香水を出して奉るべきよし」。すると、黒と白の二羽の鵜(う)が、岩の中より飛出でて、その跡からお水がわき出でた…。

ううむ。不思議ですよね。なぜこのエピソード、このお水をとることが重要な行なのか。

ちなみに、水をとる、行事があるということは、お水を送る、という行事もあるんですね。これを『お水送り』と言い、今も、福井県小浜市で粛々と行われています。3月2日の午後6時。神宮寺の境内の井戸から水が汲まれて、近くの遠敷川にお水を流します。

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(こちらが若狭神宮寺。私は若狭小浜が大好きなので、こちらの神宮寺さんには何度もお参りしてます)

ここで流されたお水が10日かかって、東大寺の境内の若狭井と呼ばれる井戸から湧き出す、とされており、これをうけとる行事が『水取り』というわけです。

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(こちらが神宮寺境内にある「閼伽井戸(あかいど)」。ここから水をくんで、2キロほど離れた遠敷川の「鵜瀬」というところからお水を流し〔送り〕ます)

この一連の行事が、最も重要な行の一つだ、とされてるのは、本当に不思議です。

そもそも仏教的なお話しではない。しかも、遅刻した神さまが送る水が、ものすごく大切なのはいったいどうしてなのか……。

「すべてのことには理由がある」

尊敬するN先生の口癖ですが、まさにこれもそうだと思います。一見穏やかな昔話のようなこのお話ですが、何か重要なファクターを示してくれている、とそのように思われますね。

(続く)

【関西旅2015】①東大寺のお水取りに行ってきました!!


先週土曜日から3泊4日で、奈良と大阪に旅してきました。

今回のお目当ては2つ。

奈良で念願のお水取り@東大寺をWさんとご一緒して拝観することと、大阪でH山先生の親友でいつもたいへんおせわになっているAさんにお目にかかること。結果的に天候にはかなりやられましたが、とても実り多き旅になりました。

東大寺二月堂の修二会(しゅにえ)は別名「お水取り」と呼ばれ、とても有名ですね。
この行事は、選ばれた僧侶11名が(練行衆(れんぎょうしゅう)と呼ばれます)、すべての人々に代わって1年の罪を十一面観音菩薩に悔い(悔過)、国家の安泰、五穀豊穣などを祈る法会(ほうえ)をいい、今年で1264回目を数えます。
なんと「1264年」もの間、一度も途絶えることなく続けられてきた行法なんです。まさに奇跡です!世界でもほかにこのような例はないと思います。「不退(ふたい)の行法」と呼ばれるのはごもっとも…

さて、まず、私が奈良を訪れた3月7日。お水取りは、本行が14日間行われるのですが、この日はそのちょうど真ん中、7日目にあたります。

7日のお昼頃奈良市に到着し、さっそく春日大社にお勤めのWさんと合流。
めちゃくちゃ美味しいおうどんをいただき、その後車で柳生の古社をご案内いただきました。

20150314-4(ランチはおいなりさんサービス。知らずにきつねうどんにしちゃったので、おあげ祭りになってしまいましたw)

さすがWさん、一人では決していけないような古くてパワフルなお社を見せていただきましたので、この詳細はまたあらためてご報告したいと思いますが、まずはお水取りに話は戻しまして…

7日目は、後半7日間ご本尊となる小観音(こがんのん)さん出御(しゅつぎょ)の日で、ぜひともその様子を拝見したいと意気込んでました。ところが、もう、ものすごい大雨(涙)。

20150314

おたいまつは19時から始まるというので、17時20分ごろ早めに出向きましたが、もう時を逸してしまったようで、お堂の中に入れません。たまたま一緒になった隣の方の話では16時半くらいに来ていないとお堂の中には入れないんだそうですよ。

……ううう。この段階で小観音さんのお神輿は見られないこと決定。

雨は弱まるどころがますます激しさを増しますが、このまま宿に帰るのはあまりにも口惜しい。歩いてきただけでも、もう足下はびしょ濡れ。もうここまで濡れたら一緒だわ!とばかりにこのまま2時間余りここで踏ん張ることに……。

こんな雨ではたいまつの火が消えてしまうんじゃないか?そんなことさえ考えてしまうほどでしたが、お松明はそんなヤワなものではありませんでした。

IMG_0202

おおおおおお!!!

すごい迫力です!

向かって左側にある廻廊からお松明が登っていき、二月堂のテラスをなめるように走り抜けます。

以前、大分の国東(くにさき)半島の寺々で行われる修正鬼会(しゅじょうおにえ)を観に行った時も、その松明の大きさと、歴史ある本堂の内部で松明を振り回すありさまに、思わず言葉を失いましたが、今回もまったくその時と同じ心境です。

木製のお堂に火が燃え移らないか、ハラハラし通しですが、しかし粛々と巨大なお松明は10本も通り抜けます。あとで調べましたら、一本の重さは約40キロ、長さは約6メートルもあるそうです。これを一人で担いで走り抜けるんですから、それがまたすごい。

IMG_0206お松明を持って走り抜ける人(童子)もかなり個性があります。テラスの角で大きくお松明を突き上げるのですが、大きく振る人と、静かに振る人がいます。大きく振る人だと、観衆からは思わず感歎の声が上がります。この火の粉を浴びるととても縁起がいいそうなんですね。残念ながら私のいるところは遠すぎて、火の粉は飛んできませんでしたが、まあ、観るだけでもきっとご利益はあると信じましょう!

お松明、始まってみましたら約30分。あっという間でした。

行自体はこの後も午前2時までお堂の中で続きますが、雨でびしょ濡れ、気温も下がってきて寒くて寒くてここで限界。Wさんと合流し、Wさんの車に乗せていただいて、いつもお世話になっております、居酒屋「鬼無里」さんに避難しました。

いやあ、それにしてもすごかった。
しかし、体はびしょびしょで、足は寒くて感覚がありませんが、なんとなく気持ちが高揚して結構大丈夫な気分!これぞ非日常!

でも、鬼無里さんに入った途端、もう足が気持ち悪くて仕方なくなるわたし(我に返ったとも言いますね)。
おトイレでストッキングを脱ぎ靴下を脱ぎ、タオルを貸していただいて足を拭き…。久しぶりにお会いした大将に甘え放題甘えさせていただいちゃいました。

そして、Wさんと、Wさんのお友達Kさんと美味しいお食事をたくさんいただき、たくさん楽しいお話しをして、びしょ濡れながらも心は晴れやかに初日は終わりました。

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(とくにこのブリ大根が冷えた体と心に沁みました~~!大将、ありがとうございます!)

(続く)

 

file.3 般若寺十三重塔(奈良県)


コスモス寺・般若寺
奈良がお好きな方はご存知と思いますが、東大寺の西側のすぐそばに般若寺(はんにゃじ)という古寺があります。
東大寺と比べてしまったら小規模、と言えるかもしれないですが、いえいえ、さにあらず。こちらもまた、鎌倉時代の素晴らしい建造物がたくさん残っている素晴らしいお寺です。

こちらは、「コスモス寺」としても有名で、秋になるとたくさんの妙齢の女性(わたしもですけども)が押し寄せて目を細めています。鮮やかなコスモスが咲き乱れ、美しい建造物が埋もれているような風景。その中を歩きながら少女のように笑い声をあげるおばさまたち……w。
この光景には、こちらにゆかりのお坊さん、叡尊(えいそん)さんもきっと目を細めてうなずかれることでしょう。叡尊さんは女性の幸福を心からお祈りしたような方でしたから…

圧倒的な、「美」!
さて、そんな方面でも十分美しいお寺ですが、こちらは石ものファンにとっても、非常に特別なお寺です。というのも、こちらにある十三重層塔(重文)は、鎌倉時代石造美術界の金字塔・伊行末(いぎょうまつ)が作った石塔だからなのです。

めっちゃかっこいい!!でかい!

めっちゃかっこいい!!でかい!

この石塔は、高さがなんと12・4メートル。国内で二番目に大きな石塔なのです。
ここまで来るともう理屈じゃありません。素晴らしいバランスと、圧倒的な存在感!

さて、こういうスタイルの石塔を「層塔(そうとう)」と呼びます。三重塔や五重塔のように、屋根が何重にかなっている塔です。
こういう塔は、木造の塔と同じような意味と思っていいと思います。中に、仏像や舎利塔を納入していたりして、この塔そのものが祈る対象そのものになります。そういう意味では、東南アジアでよくみられるストゥーパ、パゴダの日本版と考えていいのではないかと。

秋にはこんな風にコスモスに囲まれます。

秋にはこんな風にコスモスに囲まれます。

さて、この塔を作った「伊行末(いぎょうまつ)」さんですけども。

この人は、前回ご紹介した「重源」さんが東大寺復興の際に中国(南宋)から招聘した、宋人石工4人のうちの一人、と言われています。
東大寺の修復はもちろん、重源さんがお金を集まるために各地に作った別所の石壇、室生寺の手前にある大野寺磨崖仏等もこの宋人石工の人たちがかかわっていたそうです。

この四人の中で唯一名前が記されて、現在にも伝わってきているのが「伊行末」さんなのです。おそらく特に優れた才能があったので突出したんでしょう。

かっこよすぎる十三層塔
さて、そんな彼の才能は、この層塔を見れば一目瞭然なのですが、もう少し細かく見ていきましょうか。
hannyaji3

この写真の前方に見えるのは「相輪(そうりん)」です。後方に写っている十三重塔をみてください。屋根の上に細長い棒のようなものが見えますよね。この部分を相輪と呼びますが、この写真に大きく映っているほうが本物で、今後方の屋根の上に据えられているのはレプリカなんだそうです。

hannyaji5それからこちら。屋根の一番下のほうなんですが、四角形の軸部(じくぶ)があります。
軸部は「四方仏(しほうぶつ)といって、東西南北に如来(にょらい)が彫られて(線刻)います。写真は多分、南向きの部分だたと思うので、お釈迦さんです。ちなみに、東は薬師(やくし)さん、西は阿弥陀(あみだ)さん、北は弥勒(みろく)さん。

それにしても、この線刻もよいですね~~~。ちょっと写真だと分かりにくいかもしれませんが、本当に繊細で、かつ安定してる感じがします。

伊行末さんは、ずいぶん若いうちに日本に来たみたいなんですよね。なので、もともと才能はあったかもしれないけど熟練の工人というわけじゃなくて、日本に来てからさらに鍛錬して、日本の美意識をよく理解し、中国の美意識を加えて、素晴らしいものを作り上げた…って感じらしいです。
実際、彼のデザインはものすごいインパクトだったみたいで、この層塔にしても、石灯籠にしても、彼以降は彼のデザインが基本形の一つになっていったんだそうですよ。すごいことですよね。

叡尊さん+伊行末さん、ダブルの味わい十三重層塔この層塔は、そんな伊行末さんの代表作の一つです。圧倒的な美。でも、なんとなく大らかであったかい。非常に男性的な個性を持っていると思います。父性、っていうか。

もちろん、それは伊行末さんの個性でもあったかもしれませんが、この塔を発注した人物・叡尊さんの個性だったかもしれません。

叡尊さんは、西大寺を復興させたお坊さま。律宗の復権を目指し、活動した方で、世代的には重源さんより50年ほど後の方ですが、重源さんと同じように、醍醐寺で僧侶になり、そのあと高野山で学んでいます。

叡尊さんは死後、「興正菩薩」とたたえられた高僧。
差別されている人々、娼婦、らい病患者など、弱い人たちのために、病院を作ったり、生活必需品を支給して、その救済に努めました。それから、女性のための戒壇(正式なお坊さんになるための場所)を設け、女性が正式な僧侶になれるようなシステムも作り上げた方でもあります。

実はこの般若寺も、東大寺が焼き討ちされた時に一緒に被害に遭い、荒廃してたんだそうですが、この叡尊さんたちによって復興されたんだそうです。そして、その時にこの層塔が作られた、ということなんですね。

実は、私、この叡尊さんも大好きなんです!
なので、またこの塔を見ると、伊行末さんと叡尊さんがダブルで味わえるので、二度おいしい?んですよね~。

何度拝しても、気持ちが晴れ晴れしくなる層塔です。
ぜひ皆さんも、東大寺に行かれた折にちょっと足を延ばしてみてください。

 

file.1  これぞ、端正!/岩船寺五輪塔(京都府)


石部、かなりご無沙汰してました。皆様、お元気でしょうか!?

1月も終盤に差し掛かり、今年初めての更新とは、我ながらいかがなものかと思いますが、気を引き締めてまいりたいと思っておりますので、平にお赦しのほどを…。

「五輪塔」ってなんだ?
さて、今回は『この石ものが好き』サブカテゴリ第一弾をお伝えしたいと思います。栄えある第一弾目は、「五輪塔」ジャンルからのエントリー!

しかし、そもそも五輪塔って何の話?ってことですよね。

五輪塔というのは、石塔の一種。「石塔」というと分かりにくいかもしれませんが、お寺に木造の五重塔とかありますよね。あれは木造の「塔」ですけど、こちらは石造の「塔」だってことなんです。

どうしても、こういう形で石のものを見ると「お墓?」と思ってしまうかもしれませんが、もともとは、お墓というよりも、仏教への帰依心を表すとか、供養をするだとかそういう目的で建てられたものなんだそうですよ。
#もっとも近世以降は、お墓のスタイルとして建てられていることが多いので、お墓、と言っても間違えではないと思います…

前置き長いですが、つまり五輪塔というのは、仏教的石造物であり、信仰の象徴なわけです。
いろんなスタイルの石造物がありますけども、私は、この五輪塔というスタイルがすごく好きなんです。

というのも。
シンプルなデザインですが、宇宙の真理を込めた形で構成されているからなんですね。
土台は「地輪(ちりん)」と呼び、四角形。
軸部は「水輪(すいりん)」と呼び、円形。
笠(屋根)の部分は「火輪(かりん)」と呼び、三角形なのです。
ちなみに、
屋根の中心にある受花という部分は「風輪(ふうりん)」、
受け花の上に載っている宝珠は「空輪(くうりん)」と呼ばれ、ドロップ型。
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このシンプルな形の中に、宇宙を構成すると考えられている「地・水・カ・風・空」の5大要素と、「丸・三角・四角」というすべての根幹になる「形」が表現されてるんですね。

深い!なんか深いですよ!

これぞ、ザ・五輪塔!「岩船寺五輪塔」

岩船寺五輪塔

ちょっと笠と軸部がずれてるな…w

さて、そんな五輪塔ですが、昨年拝見して、いいなあと思ったのがこちら。

京都府加茂町の岩船寺(がんせんじ)にある五輪塔(重文)です。こちらは、典型的な鎌倉時代後期(13世紀くらい?)の五輪塔。きっちりどっしりしてて、端正な感じ。品があってとってもいい!

丸形部分(水輪・軸部)をちょっと見てください。全くの丸形ではないですね。ちょっと上部に重心があって、下のほうがすぼんでます。こういうキュっと切れ上がった水輪は「鎌倉」ならではのかっこよさ。いいですわ~~

私が以前、石大工のN先生に初めて教えていただいたのは、この「水輪がキュッと切れ上がって姿のええもんは、たいがい鎌倉時代のもんや」ということでした。
実際、いろいろ見てみると、この「キュッ」はそんなにたくさんあるもんじゃないんです。なので、この「キュッ」を見たら「鎌倉時代のもんか?」と首をひねって悦に入っても、間違いないかもしれません。ちょっと玄人っぽいですよねw!

ちなみに、岩船寺というお寺は、住所は京都府なんですが、奈良県との県境にありまして、行く場合には奈良駅からバスで行きます。
なので、文化圏としては、京都、というよりは奈良って感じですね。

この辺りは、山の中なんですけど、有名な浄瑠璃寺もあったり、これまた有名な石仏が点在してたりと、やたらいいものが集まった場所です。ハイキングしながら、最高の文化財も見て回れちゃうという、めちゃくちゃ素敵ゾーンなんです!!
そのうちにこのエリアのご紹介もしたいと思います。