【2017宗像・対馬・壱岐旅】⑫対馬には、太陽神が二柱もいる!?


その二、阿麻氐留(あまてる)神社〔式内社比定〕

鶏知から国道を北上して間もなく、阿麻氐留神社に到着しました。車道の脇にちんまりと鎮座する可愛らしいお社ですが、なんと言っても名前がすごいです。「あまてる」ですからね。

「あまてる」と聞くと、ほとんどの人が「アマテラス」を連想するのではないでしょうか。皇祖神・天照大神(アマテラスオオミカミ)です。太陽の神さまですよね。

しかし、似てますが同じ神さまではない気がします。祖型のひとつかもしれませんが…

アマテル〔アマノヒノミタマ〕が、ホアカリだとすると…

こちらの神さまの名前は「天日神命(アマノヒノミタマノミコト)」と言います。
別名を「天照魂命(アマノテルミタマノミコト)」というそうですが、そこから手繰っていくと、どうもこの名前は、天孫族の一人、天火明命(アマノホアカリノミコト)の別名でもあるみたい。
この、ホアカリさんはややこしいこと言いますけど、天照大神の孫にあたります。そしてこの神さまが登場となると、ちょっと面白いことになっていくんです。

ホアカリさんは、古代の大族である「尾張」氏の祖であり、大阪の住吉神社の歴代宮司であった「津守」氏の祖であり、元伊勢と呼ばれる籠(この)神社の社家である海部(あまべ)氏の祖でもあります。
これまた、「海人族系の氏族」揃い踏みです!
たしかに太陽神ですけど、子孫たちを見ていくと、ど真ん中海人族ではありませんか。


急な石段をカクカク登っていくと、またしても階段の真正面ははずした形で、本殿が現れました。
こうなってくるともう、これが普通なんじゃないか、という気がしてきますね。
拝殿は、とても素朴な作りです。
正面にはなんとサッシの硝子戸が取り付けられてますよ。普通のおうちみたい。

しかし、横へ廻ると、こんな感じでちゃんと本殿があり、その前に拝殿がある、という神社らしい構成です。

もうひとつの太陽神・オヒデリ様

さて、今回はたずねることはできませんでしたが、対馬にはもう一柱、太陽の神さまがいらっしゃるんだそうです。

その名も「御日照(オヒデリ)」。
この神さまは、「社がなく、神社の形式から外れているために祭りも絶え、名前も廃れてしまった」(『日本の神々』より)とのことで、現在は厳原町阿連(あれ)地区の里にのみ、その祭祀が伝えられているんだそうです。とても厳しい禁忌があるとのことで、私のような観光客にはうかがい知ることはむずかしいですが、何かそういうことも含めて、沖縄に残る太陽崇拝の祭祀を連想してしまいます。

ちなみに、どうも前者の「アマテル」は男神で、「オヒデリ」は女神のようなんですが、そのあたりも何かとても興味深い気がします。
(続く)

【2017宗像・対馬・壱岐旅】⑪住吉神社なのに、祭神はワタツミ系の不思議


その一、鶏知の住吉神社〔明神大社比定〕

対馬島のちょうど真ん中には、入り組んだ入り江と島からなる浅茅(あそう)湾があり、その南側の入り口といった位置に「鷄知(けち)」という集落があります。住吉神社はその集落に鎮座しています。

対馬の集落は、切り立った山の下に形成されているので、かなり密集した感じなのですが、このお社がある場所も、辿りつくまでの道が細くて、慣れない車で焦りまくりました。

とはいえ、どうにかたどり着くと大きく立派な鳥居があり、参道をぐいぐい歩いて行きます。屋根のある門をくぐりますと、お社が見えてきましたが……

……あ、やっぱり、参道の正面にお社がありませんよ。
しかもすごい角度。ううむ。これは、気のせいではありませんよね。万松院と全く同じ思想を感じます。やっぱり意図的にはずしてるんだよな……


いやもう、これはわかりやすい。
なんかよくわからないけど、くいっと真ん中から外す、それが対馬の寺社の作法なのか……。

住吉さんなのに、祭神は住吉三神ではないこの不思議

謎は深まるばかりですが、さらに謎が深まるのは、こちらは明神大社の住吉神社なのに、その主祭神が、住吉三神ではないということです。
住吉神社は、日本中にありますが、中でも有名なのは大阪の住吉大社と博多の住吉神社でしょうか(この二社はいずれも明神大です)。
「住吉社」と言えば、主祭神は住吉三神こと、底筒男命 (そこつつのおのみこと) 、中筒男命 (なかつつのおのみこと) 、表筒男命 (うわつつのおのみこと) なのですが、鶏知の住吉神社は違います。
鵜草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)と、豊玉姫命(トヨタマヒメノミコト)、玉依毘売命(タマヨリビメノミコト)の三神です。

何だかこう神さまの名前を羅列されると、わけわからなくなるかもしれませんが、ものすごくざっくりご説明しますと

ウガヤフキアエズ→神武天皇の父
トヨタマヒメ →海神オオワタツミの娘。ウガヤフキアエズの母で、神武天皇祖母
タマヨリビメ →海神オオワタツミの娘。ウガヤフキアエズの叔母で妻。神武天皇母

となります。「海幸彦と山幸彦」のお話はご存じの方が多いと思いますが、その山幸彦が海の底に行って結ばれたお姫さまというのが、このトヨタマヒメ。そして二人の間の子が、ウガヤフキアエズなのですね。

そして、住吉三神はというと、伊邪那岐命 (いざなぎのみこと)が黄泉(よみ)から戻って穢れを清めるために、海に入ったところ生まれた神々。有名なのは、神功皇后 の三韓遠征を促し、神功皇后(第14代仲哀天皇皇后)は住吉三神の加護のおかげで三韓を平定し、無事帰還したという物語です。そのため、神功皇后も一緒にお祀りされることも多いらしく、「住吉大神」というとこの四神のことを言うこともあるようです。

しかし、こちらに祀られているのは、初代天皇である神武天皇のお父さんとお母さん、そして奥さん。神話上とはいえ13代の隔たりがあります。

また、ちょっと見方を変えますと、ウガヤフキアエズは天孫系ですが、女性二人は海人族の女性です。つまり、祭神の名前だけ見る限り、こちらは住吉神社というよりは、ワタツミ神社という内容ですよね。

ちなみに、住吉神社はもうひとつ鴨居瀬という集落にもあり、どうも最初の住吉神社はこちらのようで「元宮」と呼ばれるそうです。こちらには住吉三神が祀られているそうなので、なぜ新宮では祀られなくなってしまったんだろう、と素朴な疑問……。

(続く)

【2017宗像・対馬・壱岐旅】⑩対馬は神社だらけ!九州の三分の一の式内社が集中する場所


対馬島内には式内社が29社、そのうち明神大社がなんと6社もある!

私たちが知る『日本神話』とは、『古事記』や『日本書紀』の記載がベースになっているのですが、対馬に残る神社の神さまの名前や、言い伝えなどを読んでいると、ちょっとびっくりするくらい共通点があります。「共通点」というよりも、「祖型」といったほうがいいですね。よりプリミティブに感じる物語の断片が、たくさん残っているのです。

「延喜式(えんぎしき)」(平安時代に編纂された律令の施行細則、法令集みたいなもの。927年完成)には、「神名帳」が掲載されています。これは、当時の朝廷が重要視した全国の神社のリストで、このリストに名前があるものを「式内社」と呼び、社格のひとつになっています。(長い年月で消滅したものもあれば、確かなことが分からなくなったりもしているので、様々な状況証拠から「たぶんここがそう!」というとこを「比定地」としていることも多い)

つまり、「式内社」だということは、次のようなことを連想させるするわけです。
①927年の段階で、その神社があったことを史実として考えていい
②朝廷が無視できない力を持つ神社があり、氏族がそこにいたということ

そのなかに「明神大社」というのがあります。「明神大」と略されたりしますが、これは、式内社の中でも特に朝廷にとって重要だったお社ということなんですが、なんと対馬にはこの明神大のお社が、「6社」もあるのです。ちなみに式内社は29社で、九州全体(98社)の三分の一が集中しているというものすごさ。
しかも、『対馬神社ガイドブック』(対馬観光物産協会)によると、江戸時代初頭には島内に455社あったという記録があるそうです。現在はかなり減って130社だとのことですが、それにしたって多いです。

狙いは明神大社と、対馬独自の神・多久頭魂(タクズタマ)のお社

有名どころだけでもものすごい数になってしまうので、とりあえず今回は「明神大」のお社を重点的に参拝してみることにしました。対馬は、博多や釜山への航路の帰着港になっていて、ポイントになる港が南北に二つありますが、その厳原港と比田勝港の車による移動時間が、約二時間半かかります。

上の図では、オレンジの線を引いたところが「明神大」のお社。そして赤いチェックが今回参拝したい場所です。

対馬には、「タクズタマ」という神さまがいてとても重要。前述したように、対馬は『古事記』『日本書紀』に出てくる神々の祖型がみられると思われるのですが、この「タクズタマ」は記紀には出てきません。出てこないけども、タクズタマの両親とされる神さまたちは、めちゃくちゃ重要な神さまとして登場するのです。
しかも、タクズタマの両親とされる神々はタカミムスビ、カミムスビと言って日本神話だと性別がない「ヒトリガミ」とされている尊い神々なのですよ。なので、その二人の子だという説明を読んだ時、私は思わず目をむいてしまいました。
それは、ぜひとも拝観せねば、と気合を入れたのです。

そんなこんなで、厳原港でレンタカーを借りて、とにかく北へ。廻れるところからということで出発!

(続く)

「鳳凰の声を聴け」


仕事柄、ただひとり、ひたすらに机に向かうことが多いのですが、
何日間も閉じこもって仕事をしていると、世界がどんどん狭まってくるように思い、だんだん悲しい気持ちになってきます。

今日みたいないいお天気の休日にこもっていると特に…^^;

そんな時には、A老師の揮毫を拝見すると、気持ちが落ち着いてきます。
ちょっとカジュアルで恐縮ですが、一番目に入る机の正面にぺたりと貼らせていただいてるんですね。

以前大変お世話になっている先生にお供して、A老師をおたずねした際に、ご案内くださったNさんが、師の揮毫を印刷されたとのことで、わけてくださったものなんです。

A老師の柔らかで優しい物腰は、私のような門外漢でも一瞬にしてその大きさを感じ取れてしまうような方でした。全く詳しくないですが、禅僧の理想のお姿を見たような気がしたものです。

「聴鳳」

恥ずかしながら、正しい意味を分かっているわけではありません。
でも、この何とも言えない美しい文字を見ていると、世界が広がっていくような心地がするのです。

「鳳」とは、鳳凰の「鳳」ですが、「聴」とあるからには、「聴く」ということでしょう。「聴く」としたら〈鳳凰の声〉か、あるいは鳳凰の鳴き声から律を定めて造られたという竹の笛《鳳笛》のことでしょうか。

姿が見えなくても、声〔音〕は聴こえます。
たとえ、孤独でもその声は聴こえてくるはず。聴こえないのは、自分が聞きたくないからなのではないか、と。

「鳳凰の声を聴きなさい」
――見えているもの、自分でわかることだけがすべてではない。
もっともっと大きなものが世界にはある。
その豊かさを、大きさを感じなさい。

……と。

私にとっては、そんな意味に思えてくるんですね。

そうすると、なんだかちょっと安心するんです。

そんなわけでして、本日ももう少し仕事がんばります。
そして夕方は剣道のお稽古に行くぞ~!おーー!!!