file.72 かぎや菓子舗の「でっち羊かん」


いちにちいちあんこ「丁稚羊羹(でっちようかん)」ときいて、ピンと来る人は西のほうのご出身ですね。

関東出身なむとうは、大人になるまで「丁稚羊羹」を知りませんでした。

丁稚羊羹というのは、三重県、滋賀県、福井県から以西の各地方で作られているそうですが、その地方地方でかなりいろんなパターンがあるみたい。どちらにしても、「丁稚さんが帰るようなお手軽価格の羊羹」という特徴は変わらないみたいですね。

ちなみに滋賀県近江八幡のあたりでは「竹皮にくるまれた蒸羊羹」のことだそうです。

私がかぎやさんで購入したのは、こちら!
でっち羊かん確か、一本260えん!安い!!

これまでご紹介したいがまんじゅうや中葉が、すごく美味しかったので、この丁稚羊羹も間違いなく美味しいぞ、と思い当初一個しか買ってなかったのですが、もう3個買い足しに、お店に戻りましたよ。お店の人は、驚きながらも喜んでくれましたけど♪

そして、自宅へのお土産にしました。
でっち羊かん家に帰ってから……。さっそくいただきまーす!
あけてみますと、竹の中に蒸羊羹がたっぷりと。
でっち羊かんおお!おいしそ~!
#しかし、ぬかったことに、断面図を撮るの忘れてた^^;。

丁稚羊羹らしく、甘さは控えめ。小麦粉が少し入っているからか、ちょっとむちっとしています。そもそもかぎやさんのあんこが美味しいので、こちらの羊羹もじつに美味しい。練り羊羹のように濃い味ではなく、もっとサラッともちっといただけるって感じです。

その後、ネットで検索して知ったのですが、これはこうして開かないで、竹ごと切って分けて出すといいみたいです。確かにそのほうがかっこいい!ぬかったああ。

かぎや菓子舗
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【関西旅】⑤植治七代目の仕事に出会う「慶沢園」/『山の神仏』展@大阪市立美術館


さて、『山の神仏』展は、想像していた通り濃厚な展示で、私はへとへとになってしまいました。余力があったら動物園にもよろうかな、なんて思っていたのはやはり無理がありましたね。

気温も急に上がったことも理由かもしれません。園内にある喫茶店で冷たいお茶でも飲んで一休みしたら、素直に京都に向かおうかしら、と思いながら、美術館を出てふと左手に歩いていると…

「慶沢園」

といういわくありげな扁額を掲げた門があります。

そういえば、この大阪市立美術館は、住友本家の本宅を寄贈したものです。だとしたら、当時最高の庭師が入ったに違いないですよ。

少々熱中症気味の痺れた頭を、どうにか動かしながら、ちょっと説明書き読んで見るかどうか決めよーっと、とよれよれしながら説明書きを見て、一気に目が覚めました。

「小川治兵衛作庭による…」

ええええ!!植治(うえじ)じゃん!!???

いやあ、ほんとすみません。油断してました。今回はとにかく「山の神仏」展を見に来たので、そのほかのリサーチはしてこなかったんです。危なくもったいないことをするところでした。

慶沢園 うっほ~!この第一歩からして、治兵衛サンっぽいわ~!石橋から眺めるこの池の美しいこと。まずは「光」のアプローチ、って感じ。残念ながら曇りでしたけど、それでも植栽に植え込んでいるツツジや花菖蒲なんかが美しく色を添えてくれてます。一雨来た後にこの光景を見れたらさらにベストだったなあ。

さて先ほどから連発してますこの「小川治兵衛」さんというのは、京都に江戸時代中期から続く植木屋・造園業者「植治」の七代目。1860年生まれですからぎりぎり幕末生まれ、明治から昭和にかけて大活躍した名作庭家です。

庭園研究家の泰斗・尼崎博正先生をして、
「日本の庭園史上、特筆すべき造園家が三人いる。中世の夢窓国師、近世の小堀遠州、そして近代庭園の先覚者、植治こと7代目小川治兵衛である。」(『植治 七代目小川治兵衛』京都通信社刊より引用)

と言わせしめているお方。あの夢想国師、小堀遠州と並ぶと、尼崎先生がおっしゃるんですもの、まさに庭園史上の「巨人」です。
20140621-1(上の本は私のバイブル。写真も美しくて素晴らしい一冊ですよ!!)

「かれらは独自の自然観、美意識、造形感覚を提示しつつ、新しい時代を切り開いていったという共通点を持つ」(同書から引用)

確かに夢想国師は平安時代の庭では表現しきれない新しい世・鎌倉時代を代表する作庭を行い、それ以降の作庭を決定づけましたし、小堀遠州も安土桃山時代の華やかさを継承しつつも、近世らしいより開かれた空気感のある方向性に、江戸初期以降の作庭を方向づけました。そして、小川治兵衛さんも江戸時代から明治期という、それまで支配者にはなりえなかった階層のひとたちが貴顕の士となった時代の写実的で開明的な作庭を方向付けました。
慶沢園

(手前は四阿。こういう四阿から池、植栽の広がりってのがまた絵になりますねえ)

この7代目植治さんの代表的なお庭と言えば、山縣有朋邸の無鄰菴(京都)、円山公園、平安神宮神苑などがあります。どのお庭も、ほんっと~~~に素晴らしいので、ぜひまだご覧になったことがない方は、観に行ってください。特に、治兵衛さんのお庭は「体感」することが大切。ただ眺める庭ではなく、実際に回遊して「五感」で感じるようにしているお庭なんですね。
慶沢園(四阿から眺めた池。手前には睡蓮、奥にはツツジがきれいに咲き始めてました)

また彼は「水と石の魔術師」なんて呼ばれたりしてます。とにかく水の使い方、石の使い方がかっこいい!!
特に石橋や、飛び石の絶妙さは、素人の私でもワクワクしてしまいます。平安神宮の飛び石「臥竜橋」なんてもう、絶妙すぎて動揺して池におちそうです。
慶沢園(この石橋なんかも、治兵衛さんぽいんですけど、なんか微妙に管理が心配^^;)

こちらの慶沢園も、いかにも治兵衛さん作庭のお庭という雰囲気が随所に残っています。回遊しながら水のせせらぎ、四阿の陰翳から、眼前を広がる明るさを感じて崎には邸宅が臨める、と。
慶沢園(洲浜のようなエリアから飛び石、水のあるエリア、島へのアプローチ、そしてその先には本邸背面。この絶妙な連結感!)

それにしても。
和のお庭にもかかわらず、その自然主義的なデザインは、洋館との相性もばっちりです。本当に不思議なことですけど…。

今回、帰宅してから、改めてこの本を開いて読んでみて、つくづく思いました。わたしは治兵衛さんのお庭がすきだ!!・・・と。

今回の出会いを、きっかけに、これから重点的に治兵衛さん作庭のお庭を見て廻ろうかしら。

それにしても、大阪市立美術館、そして慶沢園、今回かなり無理やりスケジュールに入れこみましたが、本当に行ってよかったです!

file.71 かぎや菓子舗の「中葉」


いちにちいちあんこ

さて、前回に続いて、今回も滋賀県日野町で見つけた和菓子屋さん、かぎやさんで購入したお菓子。

「中葉」です!

中葉 

……前回に引き続き、日野町が誇る名族・蒲生氏中興の祖、貞秀さんのお墓の前の日陰からお送りしております。地べたにじか置きです。すみません。

この「中葉」、たぶん「ちゅうよう」と読むんだと思います。お店の人がそんな風に呼んでいたような気がするのです。ちょっと自信がないのでネットで検索してみたりしましたが、発見できませんでした。

このひとパックで250円。リーズナブル~。

中葉一個の大きさはこんな感じ。二口で食べられるくらいの大きさですね。
中葉クレープ状の皮の中に粒あんが入っていますよ。

中葉割ってみるとこんな感じです。

生地は、なんとお味噌が入ってるそうで、食べてみると程よいお味噌の塩気と、コクがあり、モチっとした食感がいい感じ!味噌の配合のバランスが絶妙だからだと思いますが、キャラメリゼしたみたいな香ばしさも感じますよ!

小麦粉だけではなくて、餅粉も入ってるのかなあ。

あんこは、これまた品の良い甘味で美味しい!味噌のコクと粒あんのほっこりした感じがとてもよくあってます。

うううむ、これも美味しいなあ。

この前にご紹介した「いがまんじゅう」もそうなのですが、非常にシンプルでみんなが知っている素材で作られているお菓子なんですけど、丁寧に気配りをして作られたらこんな風に一段上に上がってしまうんだよなあ、お料理ってやつは…と思いますね。

素晴らしいなあ。
(続く)

かぎや菓子舗
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file.70 かぎや菓子舗の「いがまんじゅう」


いちにちいちあんこ地方に旅するとき、何より楽しみにしているのは、その町ならではの伝統菓子をいただくことです。

自分で言うのもなんですが、その町で古くから続いている和菓子(お菓子)やさんを見つける才能だけは、飛びぬけて「ある」と思います。普段は小心者ですから自信があるなんてまず思いませんが、これだけは、けっこう大きな声を出して言えます。

野原を歩いているときなど、哺乳類や爬虫類の気配はすぐに察知することができるのですが(虫はいまいち察知できない)、その生き物の気配を察知するのに反応する部分を使って、和菓子屋を察知している、と思うのです。

先日も、イシブカツで石造センパイと蒲生郡日野のあたりを取材して、車を走らせているとき、「ハッ」と気配を感じました。
かぎや「む…」

そう唸ってスピードダウン、きゅいっと左に折れて駐車場に入ります。

「むとさん、ひょっとして…」
「はい。ちょっと寄ってもいいですか?」

石造センパイは、こういうシチュエーションに慣れてます。森の中でイキモノを見つける才能と、カントリーサイドで美味しい和菓子を見つける才能を、私が持っていることを知っているのです…。

お店に入ると、おおお!

当たりです。作り立ての上生菓子だけで10種類ほど。そのほかに、見たことのないこれこそこの地方のお菓子だ!と思うものを3種類発見。

いそいそと購入して、次の場所に行っておやつを食べよう、ということになりました。

イシブでむかったのは、蒲生氏郷で有名な蒲生氏ゆかりの場所。蒲生氏郷のおじいちゃんのおじいちゃんである蒲生貞秀(さだひで)のお墓です。
anko20140616-1見てください、この素晴らしい田園風景を!!
このあたりの風景、戦国時代とあんまり変わってないんじゃないかなあ。
これが蒲生氏の原風景ってやつなのではないでしょうか。

ちょっと右寄りの上のほうに赤い屋根の小屋がありますが、その左上あたりにこんもりとした部分があるのわかります?ここに貞秀さんのお墓があり、こちらの基礎部分に彫られたレリーフをみたくて、足をのばしたのです。そのお話はまた追ってですが、お参りを済ませた後、お墓の手前の木陰で包みを開いておやつタイムです。

いがまんじゅう これです~!!「いがまんじゅう」です~!

いがまんじゅうと言えば、我が郷里・埼玉県にも「いがまんじゅう」がありますが、なんと近江の地で同じようなおまんじゅうに出会うなんて!

それにしても美味しそう。あんこの入った柔らかいお餅の周りにもち米をくっつけていっしょに蒸している感じですね。ちなみに埼玉のいがまんじゅうは、小麦粉のおまんじゅうの上にお赤飯を乗っけていっしょに蒸すので、ちょっとちがうかな。
いがまんじゅうお餅はふわっとスルッともちっとしててものすごく上質。あんこはとってもジューシーなこし餡です。甘味も控えめで上品ですがきっちりアズキの風味が生きています。これだけでも美味しいと思いますが、これまたちょうどよい塩気をまとったもち米がそこに違う食感として入ってきたら、もおお!!

そりゃ美味しいですわ!

そして、この赤(ピンク)と白の色が可愛い。ふだんはこの組み合わせなんだそうですが、お葬式なんかでは白と黄色をお出しするんですよ、とお店の人が言っておられました。ちなみに味は同じです。

いや~、ほんとにこのいがまんじゅう、一気に3個はぺろりと行けますよ!

めちゃくちゃ美味しかった!!

ところで、このかぎやさん、このほかにも4種類いただいてみましたが全部美味しかった。なので、数回に分けてこちらでもご紹介しちゃいます。

いやあ、本当に見事な和菓子屋さんです。お店の方もあったかくて素敵だったしなあ。こういう出会いがあるから、旅はやめられません!

かぎや菓子舗
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file.69 亀末廣の「京のよすが」


いちにちいちあんこ京都、そして石造センパイと言えば、すぐ連想してしまうのが、亀末廣さんの「京のよすが」です。

もう10年以上前になりますが、石造センパイがお土産でこの「京のよすが」をくださったのが出会いです。石造センパイも、わたしより京都に通う率は多いと思いますが、その都度必ず買うお菓子、と言っておられます。私も京都に来ると出来れば買って帰りたいお菓子ナンバーワンです。

そんなわけで、今回も合流してまず行ったのはこの店先でした。

亀末廣地下鉄 烏丸御池駅からだと歩いて5分くらい。四条河原町からでも歩いて10分くらいでしょうか。なかなかメジャーなロケーションにありますが、一つ入った道沿いにあり、教えてもらえないとなかなか知りえないお店かもしれません。

この外観を見ていただくと一目瞭然と思いますが、昔ながらのスタイルを、自然にやんわりはんなり続けてらっしゃるなあ、というそんなお店です。お店の人もとてもあったかい感じ。

こちらは、生菓子や最中なんかも有名とのことなんですが、私はとにかくこの「京のよすが」。小さいサイズのが1000円です。今回も自分用に買いました!

そして、夜ホテルについてから、ほくほくしながらあけてみますと…
京のよすがかわいい~!まずこのパッケージからして違う!

右側は包装あり。赤い蓋のある小箱は包装紙をとったもの。「亀屋」さんだけあって、六角形ですよ。

「わあ、こんなに赤いふた、初めてかも」

と石造センパイ。いつもはもっといろんな色の入った花柄だったり、もうちょっと抑えめな感じのようです。確かに、私も何度かいただいてますけど、もう少しおとなしい感じだったかも。

「むとうさんのもあけてみてよ」

あ、そうか。ひょっとして私のは箱の柄が違うのかも??
早速あけてみますと…

京のよすが

おおお!
違う!
色が赤いですけど、銀波でしょうか、さらに激しい?感じの柄に!
京のよすがみてください~~~!
きれいすぎる~~~~~!

蓋を開けてみると、小さくて美しい干し菓子と半生菓子がこんなにたくさん詰まってます。季節によってこのお菓子のデザインが変わるのですが、今回はすごくグリーンが多い印象。

ひょっとして、新緑の季節だからでしょうか?

あ、そしてこの紫は菖蒲の紫かも?

風流ですねええ。
京のよすが干し菓子メインではありますが、あんこの入ったお餅のような半生菓子も入ってますよ。上品なこし餡をうすい求肥でくるみ、緑色の砂糖菓子で化粧がされてます。ううう、美味しいなあ。

一つ一つはとても小さなお菓子なのですが、きちんと手づくりされているからでしょうか、本当にしっかりとボリュームも感じます。この小さなお餅なんて一口でなくなっちゃいそうですけど、周りの緑色の食感がカリカリとして強いので、一口でというよりは三口でしっかり咀嚼していただく、という感じになるんですね。
しっかりとした味、しっかりとした歯ごたえ、そして美しい見た目…と、五感をフルに使っていただくからか、とにかく満足感が半端ない!

「自分へのご褒美だよね」

と石造センパイがにっこり。

いや、ほんとうにおっしゃるとおりです!

亀末廣
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『仏像のお医者さん』/飯泉太子宗著(PHP文庫)


いつもお世話になっているPHP文庫のN編集長から「仏像の本でたから進呈するよ~」といただいたのが本書。

タイトルと著者のお名前を見て「あれ?これはひょっとして…」と思ってまえがきを拝見したら、…やっぱりそうだ! 『壊れても仏像』という単行本を改題して文庫化したのが本書、とあります。そういうことだったんですね!

わあ、懐かしいな~。
20140610かつて働いていた出版社で、仏教美術ものをがっつりやらせていただいていた時に、『壊れても仏像』が出版されたのです。もちろんいそいそと購入いたしました。
出版社を退職し、引越しをする際に手放してしまったので、思いがけずちょうだいしてとても嬉しい!

仏像を実際に修復されている方が、一般読者に向けて「仏像」について書かれる、というのは当時も今も、とても珍しいことですし、貴重です。

しかも、著者である飯泉さんは、当時まだ34歳とお若くて、その点でもとても珍しいことでした。内容も実はとても真面目なんですが、かなり砕けた表現をとられていて読みやすく、お人柄がしのばれる文章です。

ちなみに、余談ですが。
飯泉さんは独立される前、文化財の修復など行う美術院で長らくお勤めされておられたとプロフィールにあります。

……美術院さんか~。

これは全く私の個人的な思い出なのですが、美術院さんは何度かお写真を借りるなどのお願いで、お電話することがあったのですが、そのたびに応対してくださる方がみなさん丁寧・親切で、こころが洗われるような思いをしたものでした。

仏教美術にかかわらず、文化財掲載関係のお仕事してますと、たらいまわしにされたり、忘れられたり、ごくまれにですが関係のないことでお叱りを受けたり、…と、お電話して切ない気持ちになることもありましたが、美術院さんにお電話した中でそんな気持ちになったことはありません。

「こういう優しい方々が、仏像を修復してるんだな~、それはいいなあ~。正しいなあ~」

と一人頷きながら、悦に入ったものでした。飯泉さんもきっとそんな方なんじゃないかな、と勝手に想像してみたりして。

さて、僭越ですが、本書の特徴を私なりにご報告いたしますと。
やはり何より貴重なのは、仏像の基本的な知識はもちろんですが、仏像の修復がリアルタイムでどのようになされているか、というお話が掲載されていることです。こういったお話はなかなかうかがう機会はありません。
国指定の文化財なんかですと、まだそういうことを伺うチャンスはあるかもしれませんが、文化財になっていないもの、でも集落の皆さんが大切に守ってこられたお像についてなんかのお話は、なかなかうかがえないですよね。そんなお話もご披露されていたりして、とても面白いです。もちろん修理する当事者ならではのお話もこのご本ならではですね。

文庫化されるにあたって『仏像のお医者さん』というタイトルにされたのも、いいですよね!この新しいタイトルのイメージ通り、わかりやすく読めるように配慮された、「仏像そして修復」について書かれた貴重な一冊と思います。
仏像好きな皆さんには、特にお勧めです。もしまだ読んでいらっしゃらない方がいらしたら、ぜひ。文庫になってお手軽になりましたし!

file.68 神馬堂の「やきもち」


いちにちいちあんこ

5月27日から31日まで、関西のほうに取材にいっておりました。

取材、というのはまさにその名の通りで、すぐにネタになるかどうかというよりは、自分の「ライフワーク」として考えていることについてのインプット取材、と言ったかんじ。

もちろん一日3あんこほど毎日あんこいただいてました!関西は本当にもう、あんこ美味しくて天国のようですよね!!その中でも印象深いものから、「いちにちいちあんこ」でもご紹介していきたいと思います。

さて。大阪で『山の神仏』展を見てから、翌日は石造センパイと合流して、心の師匠・N先生のところにごあいさつ。

久しぶりにお目にかかって、かわらぬ楽しいおしゃべり。先生も奥さまも変わらずお元気そうでほっとします。

先生ご夫妻のお宅はすべてがお手本です。

たぐいまれな美意識から、さりげないようになされた室内のしつらえは、いつうかがってもはっとする驚きがあります。

今回も玄関のところには、新しく手にいれはったという可愛らしい獅子の置物(たぶん室町ぐらい)がさりげなく置かれており、居間の床の間には、これまたさりげなく虎の近江絵が飾られていました。

「近江絵もこんな風に飾られるんですねえ!なるほど~!これまた素晴らし~!」
「せやろ、かいらしいて、好きやねん」と、奥さまがにっこり。

ううう、かっこいいなあ。憧れちゃうなあ。

さて、そんな素晴らしいお宅では、これまた京都ならではの美味しいお菓子を出してくださいます。

やきもち今回は、少しあたたかいあんこの入ったお餅を出してくださいました。
奥さまのお話だと、賀茂のほうに昔からある餅菓子とのこと。少しあぶってだしてくださってます。うわあ、おいしそう!!!

あったかいうちにどうぞ、と言われて早速…。

やきもちおおお!これは!!!

白いもち米の透明感のある味と、上質なアズキのさらりとしたつぶあんが絶妙にマッチ!

シンプルだからこそごまかしのきかないお味ですよ!!

それにしても、こういうお菓子をいただくとつくづく京都というのはすごい土地だなあと思います。正直言って、白いお餅とあんこのお菓子です。同じ材料でほかの土地でも作られているでしょう。なのに、なんとも言えない洗練さがあるように感じずにはいられないのです。

ううむ。すごいなああ。

関東に帰ってきてからいただいたやきもちを思い出しながら検索してみると、おそらく神馬堂さんのやきもち、じゃないかな?と思われました。

これは、ぜひ次回京都に来たときには、買いに行かなくては!!

食べログの口コミを拝見すると、午前中には売り切れてしまうようなので、午前中に買いに行く、と…。脳髄に鋭く叩き込みましたよ!!

神馬堂
http://tabelog.com/kyoto/A2605/A260503/26000370/

【関西旅】④弘法大師空海さんと山の神さまたち/『山の神仏』展@大阪市立美術館


高野山は、仏教界の巨人・空海さんが開いたお山
さて第三部は「高野山」です。大きな声では言えませんが、私、一度もこちらに足を踏み入れたことがありません。

本当に大きな声では言えませんけども…

さて、そんなことで未踏の地ですので、「肌で感じる、勘」めいたものを頼りに動いている不確かな人間としましては、ついつい語調も弱まります。

とはいえ、高野山と言えば空海さんこと弘法大師さんです。弘法大師さんは平安時代の人ですが、真言宗という密教の流れを日本に開いた人です。今回の旅では、京都智積院の宿坊に泊まりましたが、こちらも真言宗〔智山派〕。いつも京都にいったら必ず立ち寄る東寺も真言宗です。(下の写真は東寺境内のようす)
20140527-11「密教」というのは、仏像や法具など、とても多様でたくさんあります。なので、仏像が好きですと、密教のお寺に行く機会はすごく多いんじゃないかと思います。かくいう私も、すごくお世話になっていると思います。

そんな自分だのに、高野山に行ったことがないだなんて、本当にお恥ずかしい話なのですが、今回こちらの展示を見て、改めて実際に訪れ、肌で触れないといけないなあと痛感しました。

空海さんを導いた土地の神・狩場(かりば)明神と、土地を与えた丹生(にう)明神
さて、空海さんがお寺を建てるための場所を求めて山地へ入ったところ、二匹の犬を連れた身の丈八尺(180センチ)を超える日に焼けた狩人に行き会い、その狩人に導かれて、丹生明神に会うことができ、そしてお寺を建てるに適した場所を教えてもらった、という伝説があります。

この狩人は実は神さまで、丹生明神はそのお母さん。この母子神の助けを得て、空海さんは高野山の土地を発見、金剛峰寺という立派なお寺を開山することができました。

空海さんはそのことを大切にし、以来ずっと高野山の大切な神様として、仏さんと一緒にまつられている、というわけなんですが…。

この狩場明神、つまり狩人というのは山で猟などして暮らす民の姿であり、また「丹生明神」の「丹生」は水銀のことですので、水銀鉱脈の発掘や当時貴重だった丹朱の製造に携わっていた一族のことを表わしています。

つまり、空海さんが高野山を開山できたのも、こういった人々の助けでもって成し遂げられたんだ、という事実を語る説話だ、と考えられています。

このお話はとても有名なお話ですが、解説のテープで山折先生が「狩場明神と丹生明神が、母子であるということ、これはもともと古い時代からある『母子』信仰がベースになっているのではないか」と指摘されていたのが印象的でした。

たしかに。そうですよね。

この神様たちを、母と子という設定にしなくたっていいですよ。
父子でもいいし、兄弟でもいい。
でも、あえて母子というところにポイントがあるかもしれない。古代の母系社会の名残とも言えそうですし、ふとギリシア神話のゼウスと母神レアー、エジプト神話のホルスと母神イシスを連想します。

展示にもこの、空海さんと母子神二柱の絵図や、後代にその2柱に二人の女神を付け加えたスタイル(四社明神)の絵図も多数展示されていました。
仏像もありましたが、この展示で強調されているのは「神と仏」という側面だったように思います。神を敬い仏を敬うというスタイルは、高野山では全く矛盾せず今も連綿と祀られ続けている、とそこのところを強調されているのかな?と感じました。

出来るだけ、近いうちに高野山に行かないといけないな~。ほんと。

(続く)

【関西旅】③熊野は隈の地。籠りの地。/『山の神仏』展@大阪市立美術館



熊野は「隠国(こもりく)」。神霊のこもり隠れる場所

熊野三山と言いますと、熊野本宮・速玉・那智の三社のことですよね。こちらも吉野とはまた違った意味で、信仰活動がずーっと盛んだった地域です。あまりに重層的で、どう説明したらいいか、私のような素人にはもうお手上げ状態ではありますが、この素晴らしい図録の寄稿「熊野の神仏」(植島啓司氏執筆)を拝読していて、頭の中がだいぶ整理されてきました。

ちなみに、『日本歴史地名大系』を調べてみますと、「熊野」という言葉は、『国造本紀』に景行天皇のときに、大阿斗足尼という人を「熊野国」の国造に任命したとあるそうで、そこが最古みたい。

この熊野国はその後、紀伊国牟婁郡(むろごおり)となったそうなのですが、この「牟婁」は「室」のことで、神霊の隠れ籠るところを「神奈備の御室(みむろ)」というらしいのですが、この「御室」と同じ意味。でもって「熊野」の「くま」も「熊は隈にてこもる義にして」(続風土記)だそうで、同じ意味なんだそうです。

そして、この熊(隈)は、「死者の霊のこもるところ」という意味もあり、そのような地を万葉集では「隠国(こもりく)」と呼んでいたそうなんですが、「クマ」「コモ」というのも同じ意味を指すそうで、つまり、熊野国も「隠国」という意味の国名だった、と。

すみません、なんだかまわりくどい書き方になってますけど、ざっくり言ってしまえば、クマ野という名前を持つこの国は、昔から「神の国」「霊の国」、もっと言ってしまえば「あの世」みたいな意味合いを持っている場所だった、と言えますね。

この言葉の意味を前提として、また図録に戻りますと。

おおお、なるほど!
熊野の参籠についてのところ、

「それらの多くが目指したのは「籠り」(インキュベーション)ということであって、山林での修行のみならず、いずこかに籠って夢や瞑想を通じて何らかの啓示〔託宣〕を得るところであった」(P199)

とあります。

なんとなく、吉野との違いがあるような気がしますよね!吉野は山林を駆け巡る行がメインな感じで、熊野は瞑想したりして静かに籠る感じ。

吉野と熊野。
動と静。陽と隠。生と死。男性と女性。

といったイメージ。

そういえば、熊野には国生みの女神・イザナミノミコトの墓所と言われる花窟神社がありますし。ね。もちろんそんな単純な対比では間違っちゃうかもしれませんが、ざっくりとしたイメージとしてはありなんじゃないでしょうか、これ。
untitled上の写真は、10年ほど前に花窟神社のお祭りを見に行った時の写真。このおおきな岩がご神体で、この岩壁に大きく空いた穴がイザナミノミコトの被葬地とされてます。

この神社があるエリアは、熊野の中でも最古層の神域、神籬(ひもろぎ)だった場所みたいですね。図録によりますと、そのエリアの神社から、弥生時代の遺跡が発見され、神をまつったような痕跡があったそうで、とにかくもう気が遠くなるように長い間この地には神聖な場所という意味があった、と思われるわけです。

そういう「聖地」だからこそ、新しい宗教だった仏教も入ってきたし、各時代で「あの世」「浄土」ととらえられ、熊野を訪れる人々が列をなした、ということなんでしょう。

平安時代の名品「熊野速玉大神坐像」 
20140527-7

展示のほうの話もしないとですね。展示のほうも素晴らしいラインナップでした。

とくに、「熊野速玉大神」像(国宝)が素晴らしい!!

上の写真は、園内に飾られていたポスターですが、このポスターの中央にあるお像がこの速玉大神像です。

神像というと、仏像のように凝ったつくりではなく、ちょっと素朴なお像が多いですが、このお像は非常に立派な作りで見事としか言いようがありません。

どっしりとした存在感。いかにも男らしい風貌です。

そのほかに、印象的だったのは「熊野曼荼羅図」でしょうか。熊野の神仏の世界を表わした「熊野曼荼羅図」がとにかくこれでもかとたくさん展示されていました。これらを見ていると、熊野はまさに「宇宙」と言ってもいいんじゃないかというような…。

それにしても、こうして少し熊野のことを知ってきますと、実際にたずねてみたくなりますね。そろそろ呼ばれどきかな?

(続く)

【関西旅】②「山の宗教」修験道の始まりの場所・吉野大峯/『山の神仏』展@大阪市立美術館


吉野といえば「蔵王権現(ざおうごんげん)」
展示の第一部は「吉野大峯」。
『山の神仏』という名前にふさわしいスタートですね!
よく「山の宗教」とも言われる「修験道(しゅげんどう)」が生まれた場所がこの吉野・大峯なのです。

「修験道」というと分かりにくいかもしれませんが、「山伏(やまぶし)」と聞くと、ああ、と思う方もいらっしゃるかもしれません。時代劇なんかで見かけるあの山伏は、この修験道の行者さんです。

修験道というのは、日本ならではの仏教、ともいうべきもので、日本古来の自然崇拝とインドで生まれ伝達された仏教とが合わさってできた宗教、といったもの。

「極端な言い方をするならば、仏教を父に、神道を母に、いわば仏教と神道という仲の良い夫婦のもとに生まれた子どものような存在である」
(図録P193「吉野大峯の神仏」田中利典氏執筆より引用)

そんなわけで、本来仏教の経典にはない神仏もたくさん出現して今に伝わっています。

この修験道の祖と言われているのが、「役小角(えんのおづぬ)」です。役小角は吉野大峯で修業しているときに、「金剛蔵王権現(こんごうざおうごんげん)」という、強烈な尊格を感得しました。この「蔵王権現」こそ、修験で最も重要な存在であり、吉野大峯ならではの仏さんなわけです。

以前、吉野の金峯山寺に行った時のレポートで、イラストを描いたことがあったので再喝。
蔵王権現ううむ。あまりこわくない。実際にはもっと激しくて峻烈なかっこいい尊像ですが、でも形を見ていただけたらと思います。

「仏様」と言われると優しげな様子を思い浮かべる人も多いと思いますが、蔵王権現さんはその真逆ですね。青黒い肌に怒りの形相(憤怒相)、左手は刀印を結び、右手には三鈷杵(古代インドの武器の一種で、仏教では法具)を持って振り上げ、右足は大きく蹴り上げています。

先ほど引用した図録にも「深山幽谷を道場に、命がけの難行苦行に身を置く実践宗教・修験道に相応しい力強い尊像である」(P195)とありますが、まさにその通り。厳しい自然の中では、受け止めて慰めてくれる優しい様子の仏さんではなく、叱咤激励してくれる仏さんのほうが相応しいのでしょうね。

展示では、この蔵王権現の尊像をはじめ、吉野の宗教世界を表わす曼荼羅などが展示されていて、その世界を感じさせていただけました。

また蔵王権現以外にも、吉野ならではの神々がいらして、その姿もその曼荼羅をはじめ、いろいろ描かれているのですが、特に印象的だったのは「天河弁財天」を描いた「天川弁財天曼荼羅図」(室町・能満院)ですね。

こちらに掲載することはできませんが、とにかく強烈!弁財天さんと言いますと、だいたい美しい女性の姿で表されますが、この曼荼羅図の弁財天は、顔が蛇で、しかも三つの顔があり、口から宝珠をはいている、というお姿。

弁財天は水にかかわる神さまなので、蛇身の神さまである宇賀神(うがじん)と習合して描かれることも多いのですが、浅学ながら、お顔そのものが「蛇」というのは初めて見ました。すごいなあ。強烈だなあ。ネットで調べてみますと、この像容は有名なんですね。天河弁財天ならではって感じなのでしょうか。

図録がいいかんじ!
さて、このレポートは本展の図録『山の神仏』を読みながら書いていますが、この図録がすごくいいかんじ。
20140527-10ストレートな作りですし、一見そっけない構成ですが、寄稿されてる先生方の文章が私のような素人にもわかりやすいです。なるほどな~、とうなずきながら拝読してます。

そして造本デザインがまたかっこいい!
一見地味ですが、予算も限られてる中でデザイナーさんの工夫が随所にひかります。カバーは色のある紙に二色摺り(黄色の特色とスミ)で抑えてますが、見返しは少し透ける片面色紙に一色印刷で、本扉のタイトルが透けるようになっており、そこから光が放射されているように見えるデザインです。
20140527-9余分なことは一切してない。でも、必要十分で、コンセプトを際立たせる演出をしてくれてます。こういうのは本当にいいデザインですよね。

と、ちょっと話がずれてしまいましたが、話を戻しますと…。

第二部は「熊野三山」ですよ。

(続く)