終戦のあの時、いったい何が起こっていたのか。「今の日本」の始まりを知るための絶好の一冊、登場!『マッカーサーと日本占領』/半藤一利著


戦後71年目を数える今年。
昨年は70年ということで、新刊のラッシュに加え、『日本の一番長い日』が映画化され、年末には菊池寛賞の受賞と、大忙しだった半藤一利先生。
年が明けて、いよいよこちらの本書も刊行とあいなりました!
20160418

半藤一利先生のご本をお手伝いさせていただいて、なんと三冊目。単行本としては初めてになります。

これまでは、どちらかというとエッセイ的でしたが、今回はかなりずっしりとしたテーマです。
正直言って、「マッカーサー」「日本占領」なんてど真ん中のテーマを、私なんぞで大丈夫かと危ぶみました。しかし、そこは長年ご担当されてきたO編集長がいらっしゃるので、大船に乗った気持ちで、でもコマゴマビビりながらお手伝いさせていただきました。

そんなわけでしっかりずっしりながらも、そこはさすがの半藤先生。とにかく読みやすい&わかりやすい!
「あの時」の、マッカーサーと昭和天皇のやり取りなどから、マッカーサー、昭和天皇がどういう人であったのかを、知ることができますし、
改めてあの敗戦を見てみると、その凄まじさに改めて驚くとともに、その後に起こった様々なことが、本当にすれすれ、紙一重の決断や成り行きによって決まっていったのだ、ということがとてもよくわかり、改めて肝が冷えます。

そして、もう一つ、やはり本書のポイントは、カバーにも使われている「写真」かと思います。(巻頭には写真が24p載ってます!)

カバーのカラー写真、拝見してその状態の良さに驚きました。フィルムの退色がほとんどなく、とても70年前のものとは思えないほどクリアなんです。
だからこそ、この生々しい表現につながるんですね。

何の説明もなくこの写真を見たら、今現在、戦災などでダメージを受けたどちらかの国で撮影されたものと思ってしまうかもしれません。

先生と編集長が、この衝撃的な写真をカバー写真に決められたと教えていただいた時、私は思わずうなってしまいました。
元々は、マッカーサーの顔写真を…なんてお話もあったのですが、それがこちらで決定というのは、ものすごい方向転換とも言えます。

マッカーサーを軸にした本でありながら、この本の主役は被災した名もない日本国民なのではないか。先生はそれを示すためにこのお写真を選ばれたんじゃないか……と、そんな風に想像して、思わずうなったのです。

あの時、日本人はみんな、こうした状況だったんですよね。履くものもなく、着るものもなく、焼け跡になってしまった愛するこの地を呆然と眺める。そんな状況です。

そして、それは、一見遠い風景のようでありながら、決して遠いことではないのですね。
わたしたちが生きているこの社会は、「あの時」定められた方向性の上に成り立っているのです。

良い悪いではなく、まずそのことを知らなくてはならない、そう痛感します。

例えば、憲法についても、
「日本国憲法は、アメリカに押し付けられたものだから、我々の憲法ではない」
そういった言説をよく聞きます。

確かに、日本国憲法は、日本人だけで作ったわけじゃありません。アメリカの、というかマッカーサーの意図が大きく働いたことは間違いないでしょう。
しかし、第二次世界大戦という途方もない戦争を経て、もう今後戦争なんて言う馬鹿げたことをしてはいけない、マッカーサーを始め、そう痛感した人たちの思いが――当時の時代を代表する大きな痛感が、人種を越えてあの憲法に結晶化したってことじゃないのか……そう感じられるのです。

「歴史を勉強する意味なんてあるの?」
歴史が好きだというと、そんな風に聞かれることがありますが、私は意味があると思います。歴史を知るということは、「今」が、「なぜ」「どうして」こうなっているかを知ることです。

本書はもちろんオススメなのですが、一緒に半藤先生の『昭和史』も読んでみてほしいと思います。

こちらは、太平洋戦争以前から、戦後の復興までの流れを知ることができます。(戦後篇ではそのあとも知ることができます!)
『マッカーサーと日本占領』はどちらかというと「点」です。特に戦後の5年間、マッカーサーという人をたどることで、その時の日本が見えてきます。
一方、『昭和史』は「線」です。流れの中で、その時の日本を知ることができると思います。

今まさに、熊本・大分地震が発生し、多くの方が被災しています。
災害も多く、国内外に課題が山積している日本に生きている私たちです。あの未曾有の大惨事、何が起こり、大先輩たちがどう対し、乗り越えようとしたのかを学ぶことは、必ず意味があると私は思います。

是非、お手に取ってみてください!

(むとう)

『マヤ文明 聖なる時間の書』/(実松克義著)


 

中国で「マヤ暦では12月21日が最後の日と予言している」という説を妄信して、大変なことになっているという報道がニュース番組で流れていましたね。 でも、何事もなくきっちり22日はやってきました。平穏な今日が始まってます。よかったよかった!

とはいえ。
これをマヤのシャーマンたちが聞いたら「当然だろう」と口をそろえるだろうなあ、と思いました。 彼らは「この暦が終わるときに世界が終る」なんで思ってないんです。この説は、アメリカを中心とスピリチュアル業界から発せられたものなんですよね。

なぜ、そんなことにちょっと詳しいかと申しますと、昔、『マヤ文明 聖なる時間の書』(実松克義著)という本を担当したことがありまして、その時にちょっと学ばせていただいたのです。もう10年ほど前に担当した本ですが、私にとって初めて単独で一から担当させていただいた人文書であり、とても大切な一冊です。
マヤ文明聖なる時間の書

本書には、現役マヤ人シャーマン@グアテマラが登場します。著者の実松先生は「マヤ文明とは何か」「マヤ人の精神世界とは?」というテーマで、「マヤ民族本人からちゃんとヒアリングしたい」と6年にわたりグアテマラの各地を訪ね、インタビューし、その結果を一冊にまとめられました。

ご存知のように、中南米に花開いたマヤ文明は、天文学の非常に発達した文明でした。そのため、非常に精度の高い暦がさまざま作られましたが、その中で重要でかつ最も長い暦があります。 一般的に「長期暦」と呼ばれるのですが、これによると一周期が約5125日!なんですね。めっちゃくちゃ長い!

で、この5125年に一度の終りの日がやってくる、というので、一部の人たちはこれが「人類滅亡の日なんじゃないの?」と言って不安がってたんですが、マヤ民族のシャーマンたちは「長い暦の最後が来る、そして新しい時が始まるという意味で、それ以上でも以下でもないよ」と言っていたよ、と実松先生がよくいっておられたのを思い出しました。

ちょっと神秘的な印象の強いマヤ文明ですが、本書を読むと、シャーマンたちの言葉がかなり「シンプル+クリア」なことに驚きます。

儀式を行ったりしてるので、一見ちょっとおどろおどろしいのですが、その根底にあるのは、科学者的な世界観でなりたつ精神的伝統によって支えられてるんです。意外なんですけど、なるほどなあ、という感じ。
あれだけの暦を生み出した文明ですもの。ねえ。

本作は、『知的エンターテイメント』を標榜して先生と作り上げた一冊なので、研究書ではなく、物語としてもお読みいただけるつくりになっています。
マヤ民族の文化や精神史に興味のある方は、ぜひお手に取ってみてくださいね~!