苦しみもだえ孤独に落ちようとする若き日の仙厓。そんな仙厓を見守る先輩たちの「待つ」愛がたまりません!『仙厓 無法の禅』/玄侑宗久著


「仙厓(せんがい)」さんと言えば、江戸時代の禅僧で、おかしみのある洒脱な禅画を描き、今も大変人気の高いお方です。

百田尚樹先生の『海賊と呼ばれた男』の主人公のモデル、出光興産創業者・出光佐三氏は、仙厓さんの画をこよなく愛し、数多く収集しました。そのコレクションは、出光興産の美術館・出光美術館で所蔵され、代表作の多くを見ることができます。

さて、そんな仙厓さんですが、若いころは頭が良すぎて尖りまくった青年だったことは、意外と知られてないかもしれません。

本書は、そんな「知られざる」仙厓の前半生が、詳らかに語られています。というのも、著者の玄侑宗久先生ならでは、でしょう。

ご存じのように、玄侑宗久先生は臨済宗の僧侶でらっしゃいます。仙厓さんも臨済僧です。そして、先生が住職されている福島三春町の福聚寺は、仙厓さんの先輩が住職されていた場所であり、その先輩が仙厓に書かせたという聯が今も残っているのです。

先生は、そんなご縁も含め、以前から仙厓さんに私淑されていたとのことで、ある意味、「身内」のような近さでもって、仙厓その人と画と共に読み解いてくださいました。それが本書、『仙厓 無法の禅』です。

20150608

表紙になっている画は、仙厓ファンの人もほとんどご存じないと思います。

福島市満願寺所蔵の「石きょう図」と言いますが、「石きょう」とは、もともと猟師だたった禅僧で、石きょう慧蔵(せっきょうえぞう)と言い、常に弓を携え、機に臨んでは「矢を看よ」と叫び、弓を構えたと言います。

殺生を許されないお坊さんが弓を構える、というこの大いなる矛盾……。

しかしこのエピソードはいかにも禅の世界という気がします。

先生もN編集長も、表紙の絵はどれにしようかと迷われましたが、やはり東北を行脚していた時の知られざる仙厓の姿を良く表している、本画を選ばれました。

30代半ばの時の絵ですから、老境に入り、円融無碍(えんゆうむげ)な境地で、自由自在に筆を動かした仙厓さんの画からしたら、とても若い画ですね。しかし、この未熟さが、青年・仙厓さんを良く表しています。

若いころの仙厓さんは、かなり扱いづらそうな青年です。とにかく頭がよく才能は抜群。でも、劣等感や競争心など、マイナス部分もかなり持ち合わせていたのではないかと思われます。それで、悩みぬいて無茶苦茶なことをしでかし孤独に落ちようとするのですが、優秀な3人の先輩たちは、そんな仙厓を見離すことはありませんでした。

甘やかすようなことはしない。
でも、しっかりと見守る。そして「待つ」。

………「愛」ですねえ~~~~!!!

「待つ」ということは、「信じている」ということでしょう。

仙厓さんは、やっぱり恵まれている人かもしれません。絶望の底にあってのたうっていても、その淵から必ず帰ってくる、立派な求道者になる、と信じてくれる人たち三人も、一歩も動かず泰然といてくれたのですから。

本書は、「〇△□」や「指月布袋」などの有名な絵もたくさん登場します。しかし、こういった青年期を越えて、あの境地に至ったのだと知ってから、改めて玄侑先生の解説でもってこの画をみますと、また違った画に見えてくる気がします。

私も編集をお手伝いしているうちに、どんどん見えてくるものが変わった気がしています。ぜひ皆さんにもそんな体験をしていただけたらと思います。

ぜひ、お手に取ってみてくださいね!

(むとう)