イシブカツvol.10  あついぞ!熊谷&深谷④妻沼聖天で狛犬にはまる


イシブカツ

お昼ご飯はもちろん肉汁うどん!
さて、深谷で予想以上にアツイ体験をした私たち。もうすっかり正午を回っていました。
お昼には、もちろんうどん!あらかじめリサーチしておいしいと評判のお店「利休」で肉汁うどんをいただきました。
武蔵野うどん期待通りのうどんです。パワー倍増!ただ、病み上がりだったので、うどん並盛でお願いしたら、思ったより並盛が普通だった…
「もうちょっと盛りがよくてもペロリだったなあ」
と私。いや、実は、武蔵野うどん系のお店って、並盛でも相当な量なんですよ。ほかのお店ならこれは小盛りと言っても過言ではない…ような気がする。

「さすが、うどん好きは病み上がりでも変わらないようだね」
そういって石造センパイは妙に感心して微笑んでくれました。

「妻沼の聖天」さんへ
さて、美味しいうどんをいただいてすっかり元気になった私たちは、熊谷の北部にある「妻沼の聖天」さんへと向かいました。

こちらは、本殿が国宝に指定されたばかり。江戸時代の華麗な彫刻で有名なお寺です。ちなみに、これまた鎌倉時代の有名人「斎藤別当実盛(さいとうべっとうさねもり)」さんゆかりのお寺。
この人は、関東の地にありながら、最後まで平家への忠義を突き通した人で、義理人情に厚い勇猛な武士として高名でした。晩年、木曽義仲軍と戦って戦死した時。勇猛に戦った武士をだれかと確認するために兜を取ると、髪を黒く染めた老人で驚いた、というエピソードで有名。

それにしても、鎌倉武士の鑑ともいうべき人が、この辺りには多いですねえ。斎藤実盛さん、熊谷次郎直実さん、畠山重忠さん、そして深谷でご紹介した岡部六弥太さんも…

さて、この聖天さんですが、実盛さんが念持仏の聖天像(秘仏)をお祀りしたことをはじまりとし、その次男の方が出家し、お寺を開創したんだそうです。
#聖天さん、というのは「歓喜自在天」「大聖歓喜天」の略。仏教の神さまですが元はインドの神ガネーシャのことですね。
聖天山

立派ですね~。こちらの三門は江戸時代以降のものですが、重厚で美しいです。
本殿そして本殿。こちらが国宝です。
もうお分かりかと思いますが、こちらの本殿は、日光の東照宮みたいな方向性です。江戸時代中期の貴重な文化遺構としての国宝指定だったとのこと。

正直言って、あんまりキンキラしてるものは、ピンと来ない石部のふたり…。石造物が好きだと言ってるくらいですから、ね。キンキラとは無縁なのです。
本殿実は聖天さんにやってきたのは、境内にある板碑を見ることが目的なので、私たちにとってはそちらが主役です。しかし、やはり「ちゃんと本殿にお参りしてご挨拶するのも筋ってもんよね」ということでの御参りです。

いや、でもものすごい彫刻でしたよ!!
彫刻お好きな人は必見です。すさまじいものでした。

もちろん私たちも大変感心しましたが、しかし私たちが足を止めてもしまったのは…
獅子
おお!!??

獅子

なにこれ、この狛犬、っていうかお獅子めちゃくちゃ上手なんですけど!

阿形獅子

おおおお、阿形のお獅子も、素晴らしいんじゃないの??

阿形見てください、この見事な背中と尾っぽ。背骨と筋肉の表情!
背中この背中の筋肉のリアル感とまるみの表現、ただごとじゃありません。ものすごい上手ですし、また、この作者は動物が好きだったと思います。よく観察し、デッサンしてないとこうはなりませんよね。
背中いいですね~~。この佇まい、丸っとしててたまらないですね。

本当にこのお獅子は素晴らしいです!私がこれまでに見た狛犬中でも5本の指に入りますよ。特にこの背中の表現だけとればナンバー1と言ってもいいです。個人的ランキングですけどね。

(続く)

【仏勉】仏画・曼荼羅の世界を楽しみたい



仏像は好きだけど仏画はちょっと苦手、と思ってました

仏像は大好きでよく観仏に出かけておりますが、平面的な方向は大変弱いのですね。

よく考えたら、これって不思議なことですね。普段でしたら絵も大好きですからよく観に行きますし、自分でも下手な絵をよく書いています。…それなのに、仏教に限っては、絵画が苦手、とは。これいかに。

実は、これには理由があるんです。

まず理由の第一は、「すごく難しい感じがするので苦手」。特に「曼荼羅」となると、複雑すぎます。ざっくり金剛界・胎蔵界の二つの世界を表わす曼荼羅がある、ということぐらいしか知りません。

そして第二の理由は、これまでいいものに出会ってこなかった。ということだったみたいなのです。すごくシンプルな理由。

このことに気が付いたのは、昨年開催された『ボストン美術館 日本美術の至宝』展でのこと。さすが、フェノロサ、ビゲロー、岡倉天心が買い集めただけあって、ま~筋のいいものばかり!
私のような素人にもそのクオリティの高さには、驚愕させられました。特に、仏画のクオリティは思わず声をあげてしまうほど。

「あああ、ここまでふりきってたら私にもわかります~~!」

と心の中で叫びました。

つまり、たいしていい眼は持ってないですけども、振り切って素晴らしいものというのはわかります。2位、3位、4位の差はわからないけど、1位はわかる、みたいな。そんなかんじ。

難しくてもわからなくても、「自分が好きなもの」ができたらこっちのもの
特に『法華堂根本曼荼羅図』(奈良時代)なんてもう!!
これは、東大寺の法華堂(三月堂)に伝わったものだそうで、日本にあったら間違いなく国宝ですよ。お釈迦さんが法華経を説くシーンを描いたもので、こういうものも「曼荼羅」とよびんですね。

法華堂根本曼荼羅図@ボストン美術館像

(『ボストン美術館 日本美術の至宝』展図録P54より引用)

夢見るように美しいお釈迦さんと脇侍の菩薩さんとそのほか諸尊の皆さん。素晴らしいです。

私はこの仏画をはじめ、ボストン美術館所蔵のあまりに素晴らしい仏画群を見てはっきり認識しました。「仏画ってわからない」じゃなくて単に「素晴らしい仏画に出会えてなかったけ」だってこと。

私がふだんから金科玉条?のごとくおもっている「わからなくても何でも、圧倒的にいいもんはわかる!』法則は、やはり有効なのですよ。

こういう体験があると、ちょっとしたフックが自分の中でできてくるので、仏画を見ることが自分にとって意味のあることになっていきます。

このフックというのは、この場合、
「自分にとってすごく好きだと思った『法華堂根本曼荼羅図』」が、自分の好みの核になった」ということを意味しています。これができますと、その定点をもっていろいろものを見られるようになるので、すごく世界が広がるのです。

さて、そんなわけで、根津美術館で開催中の「曼荼羅展」、そんな自分を試す意味も込みでとても楽しみにしておりました。

私のフックは有効なのか??
そして、私にとって仏画はいまだ「難しいもの」の域を出ないのか?

わからないまでも、楽しみたい、これが私の小さな野望だったのです。

(続く)

file.30 富久屋春秋庵の「あんみつ」


いちにちいちあんこ

今日は、埼玉に戻ってきて一番一緒に時間を過ごしてきたKさんが、仕事の関係でスイスに引越しされることが決まったので壮行会もどきを開催しました。

ランチはお寿司。そしてデザートには、もちろん和菓子を!

最近では、海外でも和食は大人気で、和菓子も手に入ったりもしますが、なんといっても本場にはかないません。お寿司も和菓子も日本で食べると本当に美味しい。そんなわけで、「和」尽くしの会食になりました。

訪れたのは、東松山市市役所近くにある富久屋さんです。こちらは、みたらし団子の中にこしあんが入っている「牡丹だんご」で有名ですが、喫茶スペースもあっておいしい甘味をいただくことができます。

今日私が頂いたのは、あんみつです!
あんみつ

カンペキに、直球に正しいあんみつでしょう??!
ちょっと他と違うのは、寒天ではなくくずもちのあんみつだということかな。ちょっと食感がねっとりとしていて、美味しいです。

あんみつ

丁寧に手作りしたな、というしっかりとしたあんこ。美味しいです。
さらに嬉しいのは、たっぷり、ぎっしりのせてくれてます。アイスディッシャーで掬ってくれてるんですけど、もう目いっぱい詰め込んで、パカッとしてくれたな、という感じ。

一見きれいに盛ってくださってるので、こじんまりとして見えたのですが、くずもちとあんこのおかげですごいボリューム感でした。お値段も500円くらいとお手軽価格。これはCPいいですわあ。

富久屋春秋庵
http://tabelog.com/saitama/A1105/A110502/11003202/

 

イシブカツvol.10  あついぞ!熊谷&深谷③上杉さんもすごいです。


イシブカツ

南北朝時代の深谷もアツイ
さて、前回は、この深谷という地がいかに文化度高かったかについてアツく語ってしまいましたが、その流れは今回も続きます。

岡部さんの墓からこれまた車で10分ほどの至近距離に、国済寺という立派な禅宗のお寺があります。
国済寺三門

立派な三門ですね~。かっこいいです。
こちらの創建は1390年。今から600年ほど前ですね。時代としては南北朝時代です。前回ご紹介した、岡部六弥太さんが生きた時代から200年ほど経過しています。

国済寺

本堂も立派です。堂々としてますよね。残念ながら何度か火災に遭い、当初の建物ではないそうですけど、そのたたずまいは十分に残しているのではないでしょうか。

ところで、こちらのお寺を開創した人は、上杉憲英(うえすぎのりふさ)さんという武人なのですが、実はこの方のお父さんが、足利幕府を開いた足利尊氏の従弟さんなのです。

上杉氏というのは、もともと公家の家柄で、藤原氏の血筋なのですが、足利氏と縁戚関係を結んだりして土着し、武人化した一群。南北朝から戦国時代の長きにわたり、武人の名門としてその名を馳せていきました。

このお寺は、上杉憲英さんが、当時不穏な動きを見せていた新田氏を抑えるために、お父さんから派遣されて築城した、廰鼻和(こばなわ)城の南側に建てられました。

廰鼻和(こばなわ)上杉氏の菩提寺
さて、このお寺には上杉憲英さん以下、廰鼻和(こばなわ)上杉氏累代のお墓が残されています。ちなみに、当初憲英さんは「コバナワ上杉氏」と名乗っていたそうですが、その数代先の子孫から「深谷上杉氏」を名乗ったそうです。
深谷上杉氏累代の墓

これが、その累代の墓です。すみません、中央に見える白い影は石造センパイです。幽霊とかじゃないですから!ご心配なく!
#センパイが最初のご挨拶で手を合わせて、振り返ったところを撮ってしまいました。しかし全体写真はこの写真しかなかったので、先輩のお姿はぼかしてお届けしております。

さて、先輩のお姿で隠れてしまってますが、中央の覆屋のしたにある宝篋印塔が、憲英さんのお墓で、左右に並んでいるのが一族の墓標とのことです。こちらも立派ですね。きれいに清掃されて清々しい空気です。墓地ですけど、怖くないですよ!

上杉憲英墓

資料によりますと、時代が室町とのこと。なるほど、全体的にちょっと華奢で細身な宝篋印塔です。時代が室町とされている、ということは、本人が亡くなってからしばらくたって、供養塔として建造されたのかもしれませんね。

初めてみる墓石の形

上杉氏累代の墓

さて、そして、左側にあります累代の墓。

「…こういう形のものは初めて見るね」

と石造センパイ。確かに、こういう形のものを墓標として見るのは初めてです。祠のようなかたちですよ。

「祠っぽいですけど、奥行きが浅くて横長な感じがちょっと違いますよね。なんなんだろう…。よくあるものなんでしょうか」

思わず黙り込む二人。一年ほど前に、南会津村に行ったときにも、こんな石造物は見たことがあるような気がしますが…↓。
南会津村の石造物全然違った。祠ですよね。改めてみると。
ところが、こちらのものは、「家型の埴輪」に似ているような気がする…。

ナゾの石造物

さらに謎なのは、軸部、というか屋根の下の部分。幾何学模様にぬいてあるんですよね。こういうのをわざわざ開けるというのは、ひょっとしてこれ、中に灯心いれたりしたのかな?と思って、可能な範囲で覗き込みましたが、どうもそんな様子はない感じ…

ハート形の窓

「それにしても、これなんて、ハート形じゃん!」

石造センパイが興奮するのもよくわかります。実はこのハート形、私たちにとってとても馴染み深いものなのです。

ハート形といえば、朝鮮伝来の形で馬具飾りなどに好んで用いられ、日本でも古墳の副葬品などに散見される「心葉形(しんようがた)」を、想像してしまうのです。というのも、私たちの師匠、N先生もこの形を好まれて、さりげなく灯籠の意匠に用いられてました。なのでとても見覚えのあるものなのです。

実際、この深谷のあたりから熊谷、また群馬のあたりには古墳がたくさんありますし、そうしたところからこの意匠の馬具装飾などはかなり出ています。関係ないかもしれませんけど、なんか関係あったら面白いなあ。かなりな妄想ですけどもww。

それにしても、これ、いったい何というものなんでしょう。どなたかご存知の方、ぜひ教えてください!!

(続く)

福田豊文さんの新作『どうぶつの赤ちゃん』、発売!


夏休み真っ盛りです。お盆休みの今週は、特に親子連れを見かけます。私の事務所の近くにある動物園では、ナイトズーも開催しており、大人気。

私もナイトズーに行きたいのはやまやまですが、このあまりの暑さにすっかり怖気づいてまだこの夏は行けていません。夜になっても気温が下がらないのがねえ^^;、どうも…。

そんな折、前の出版社でお世話になった編集の先輩がた、写真家の福田豊文さんが、たまたま近くの印刷工場で印刷立ち合いにいらして、打ち上げに誘っていただきました。

久しぶりの再会、動物バナシに花が咲く!

このメンバーでお話をすると、改めて「生き物って楽しいよな~」と思うのです。生き物の不思議な生態、多様な生の在り方、またそれを追いかける生物好きの皆さんの愛に満ちた面白い行動…(笑)。
福田さんのお写真を拝見すると、その「愛」をバシバシ感じます。よく知っているはずの動物でも、「あ、こんな表情するんだ!」と驚かされます。

そんな福田さんに、新刊を頂戴しました。

どうぶつのあかちゃんばかりを集めているという、反則的にかわいい写真絵本です!
犬や猫、チンパンジーやライオン、虎、カピバラといった動物、全部で25種類!

どのページも可愛すぎますが、私の場合特にこの…
ライオン

(P16-17より引用)

この表情!!!!
子ライオンちゃんが、母ライオンに頼りきっているこの安心に満ちた表情。素晴らしいですよね。そして…
シロクマ

ホッキョクグマさん、ダイブ!決定的瞬間です!
そして、すごいのはこのダイブしているときのホッキョクグマさんの表情。「やった~♪」みたいな何とも言えないいい顔してるんですよね。

この本は、子供向けの写真絵本ですが、写真集として見ても、動物好きをうならせるようなお写真がたくさん掲載されています。ほんと素晴らしい。

もちろん子供たちにもぜひ見てもらいたい!今度、姪っ子が遊びに来たら一緒に読みたいな、と思います。たぶん彼女も喜ぶはず。

福田さん、素晴らしいご本、本当にありがとうございました!

file.29 すずめやの「どらやき」


いちにちいちあんこ

私は夏生まれなのですが、夏の暑さにはめっぽう弱いので、この数日は相当ポンコツになってます。できるだけ外に出ないよう心掛けてだらだら過ごしておりますが…。

とはいえ、この土曜日。どうしても資料を探しに行かなくてはならない、そんなタイミングがやってきました。

いろいろ考えて、ジュンク堂池袋に行こう、と決めましたよ。
ジュンクさん自体とても好きな書店さんですけど、もう一つ、あんこ好きにとっては強力な動機づけになるあのお店がそばにあるからです。

そうです。すずめやさんです!

すずめや

ジュンク堂左側の道をずんずん進んでさらに左の横道に入るとひっそりとこの名店が佇んでいます。

お店としては新しいですよね。10年くらい前に開店されたんじゃないかな。だけど、あんこ好きだったら、まあ間違いなくチェックしてるお店です。

久しぶりにこちらのどらやきを食べられる、と思ったら俄然やる気になりました。

こちらでは、どらやきのほかに、最中と茶玉、季節の練り菓子など、4種類販売されてます。品目が少ないというのが何となくまたさすが、というかなんかいいなあと思っちゃったりしますね。すみませーんと呼びかけると、若いご主人がわざわざ奥から出てきて応対してくださいます。

茶玉は売り切れだったので、とりあえずどらやきと最中を3個ずつ…とオーダーしてお財布を観たら……
お財布の中に200円しかない…><。銀行でおろそうにもそばにATMがない…。
#私のカードは静脈認証なので、コンビニだと下ろせないのです。

さらに、そのあと打ち合わせがあるので、時間もない。仕方なくどらやきを一個だけ買いました。なんかもう、自分にガッカリです。

どらやき

これがその一個(150円)です!ふお~、美味しそう!

どらやき

おおお、いいかんじ。ふっくらとしてて、なんとなく全体的にコロンとした印象。たまらないです。

どらやき

皮はしっとりふっくら。あんこも小豆が上等なのがよくわかります。そして甘さ控えめで美味しい!
一口で言うと、全体的に上品な印象です。どらやきらしいボリュームはしっかりとありますけどね。

また、これをお土産とかでもらったら、本当にうれしいですよね。

そうそう。
以前、仕事で人を紹介してほしい、と知人に頼まれたことがあったんですけど、それはかなり面倒なお願い事でした。でも、忙しいはずの知人がわざわざ会社までやってきて、こちらのどらやきを20個くらい持参してくれ、「悪いけど頼む!」と言われた時、私は思い切りどらやきにつられてOKしてしまいました。

「こいつ、やるなあ」。その時、その知人の評価が3段ぐらい上がっちゃいましたね。

私があんこ好きだと知っていて、忙しいのに、「本当に美味しいどらやき」をわざわざ池袋まで買いに行ってくれた(世田谷在住で会社は品川だから何かのついでというのはあり得ません)。これはなかなか、できるようでできないことです。見事にやられました。

それくらい、本当に美味しいどらやきなのです!

すずめや
http://www.d-suzumeya.com/index.html

 

イシブカツvol.10  あついぞ!熊谷&深谷②岡部さん、すごいです。


イシブカツ

深谷が誇る鎌倉武士・岡部六弥太さん
さて、平忠度(たいらのただのり)さんの五輪塔の後は、やっぱり岡部六弥太(おかべろくやた)さんの五輪塔を見るべきですよね。車で行くと15分ほど。ずいぶん近くにあるんですねえ。

さて、岡部六弥太さんについて、ちょっとご紹介しておきましょう。

岡部六弥太忠澄さんは、鎌倉時代に活躍した人。鎌倉幕府を開いた源頼朝のお父さん・義朝の家来で、頼朝が平家打倒で挙兵した時に合流。すでにご紹介したとおり、一ノ谷の合戦では敵将:平忠度を討ち取って、武名を上げました。

「岡部さん」は、もともと有力御家人だったみたいです。

埼玉県中・北部のあたりには、熊谷次郎直実や、畠山重忠など、頼朝に仕えた大物御家人の本拠地が集中しています。「勢力を持っている」ということは、おそらくそこそこの経済基盤があったということです。深谷や熊谷のあたりは、すぐそばに荒川や利根川もありますし、豊かな農地があり、交易路もあります。遺跡や古墳もたくさんありますので、それこそ縄文のころから豊かな土地だったんでしょう。
そういう富の蓄積があったからこそ、鎌倉になって花開いた、と言えるんじゃないかと思います。

文化度の高さと富裕度は密接に関係してる
岡部さんもそんな状況の中で現れた富裕な御家人です。というか、私たちは彼のお墓である五輪塔を見て「富裕」だったに違いない、と思うに至ったのでした。
岡部六弥太墓地

こちらが、その岡部六弥太のお墓です!

なんだか妙に大きい、というか何基も五輪塔がありますよ。資料によりますと、岡部六弥太の父母、妻など一族の五輪塔6基が残ってるみたいです。
岡部六弥太墓この左側の削れちゃってるのが、六弥太さんの五輪塔だそうです(右側はお父さんの五輪塔)。なんでこんなに削れているかというと、お乳が出ないとき、また子宝を授かりたいときにこの五輪塔を削って飲むといい、という迷信があったんですって。なんでそんなことになったんだろう??ナゾです・・w
#ひょっとした六弥太さんは女性に優しい人だったのかもしれませんね。

また、この五輪塔は「凝灰岩」という、比較的やわらかい石でてきてるので、削りやすかったんだろうなと。ちなみに、地らの凝灰岩は、群馬県の天神山産だということがわかっています。美しい白色で、きめが細かく細工もしやすいそうです。いろんなところに運ばれて、供養塔などに好んで使われたんですって。

そして、この天神山は、あの名族・新田氏の領地にあります。新田氏の重要な交易品目だったんでしょうか。また、この石を大量に使って五輪塔を代々作っている岡部さんなので、きっと新田氏とも交流があったんだろうなあ、と想像されます。
岡部氏の墓そして、六弥太さんの左側にあるこちらは、奥さんの玉ノ井さんの五輪塔です。こちらは形もよく残ってますね。

それにしても美しい五輪塔です。写真だとちょっとわかりにくいですが、白地に赤茶の地層みたいな模様が入ってます。マーブル模様ってかんじです。形もとても洗練されてます。

じっと見つめていた石造センパイが、ほうっとため息をつきました。

「これを作った人、概念としての五輪塔の意味をちゃんと理解してて、なおかつ中央で作られている五輪塔をつぶさに見たことがあるんじゃないかな。でないと、こういうきれいな五輪塔は作れないと思うよ」

うんうん。確かにこのクオリティは半端ないなあ。
玉ノ井墓以前、国の重要文化財に指定されている東松山市の宝篋印塔を観に行った時も、そのあまりに洗練された美しい姿に驚きました。なぜこんな鄙の地にこれだけのものが?!と。

こういう洗練されたものがある、ということは、このあたりの当時の文化度を垣間見ることができます。そして冒頭にもお話ししましたが、文化度が高い、ということは経済的基盤がかなりしっかりあったはず=富裕なんじゃないかと。

たとえ、今は野原であったとしても、こういった石ものがあることで、そこに高度な文化があったことを確認できますね。この五輪塔を見る限り、当時の岡部氏の文化度の高さは相当なもんだったろう、と想像できます。

(続く)

file.28 板倉屋の「人形焼」


いちにちいちあんこ日曜日は三越前の三井記念美術館で開催中の「大妖怪展」に行ってきました。「三越前」という駅名だと分かりにくいかもですが、このエリアはすべての街道の起点となっている「日本橋」すぐそば。つまり江戸時代では超一等地ですよね。
三越本店、三井本店をはじめ、たくさんの老舗が今も軒を連ねています。大きなビルになってしまっているので「老舗街」と言われてもちょっとピンと来ないかもしれませんけど^^;。

大妖怪展を観終わった後、そんな雰囲気を味わいたくて人形町まで散歩してみました。今回一緒に行ったのは「面白いもの好き」な旅をよく一緒にしているメンバーなので、こういう街歩きもたちまち「発見」の嵐になります。

路地に入って小さなお稲荷さんにお参りしたり、注染で有名な手拭屋さん戸田商店を発見したり。戦前の長屋をベースに異様に成長?してしまった古い長屋を見つけてみたり…。

一時間半かけて人形町の甘酒横丁につくと、もう夜になっていました。日曜日なので早じまいか定休日でお店はほとんどやっていません。そんななかで、ひときわ目立つお店を発見。

人形焼本舗「板倉屋」さんです。
これはちょうどいい!と人形焼、ゲット!

ところで、人形焼、というと浅草の印象が強いですが、本来この人形町が発祥の地だって知ってました?しかも、帰ってから調べてみて分かったんですけど、この板倉屋さんの初代が考案して発売したのが最初だったんですよ!知らなかった~~。

板倉屋さんの看板こちらが昔の看板とのこと。「写真を撮ってもいいですか?」とお訊ねすると、
「どうぞどうぞ、中のほうも見てみてください」
とご主人。焼き場も見せていただいちゃいました。
焼き場もう遅い時間でしたので、焼いていらっしゃいませんでしたけど、いつもここで焼いてるんだそうですよ。左の壁一面に焼き型があります。すごいですね。
焼型さらにさらに。お忙しい手を止めて、焼き型も見せてくださいましたよ!(ご主人はじめ皆さんが本当に親切!)

HPによりますとこちらで販売している人形焼は、6つのお顔があるんだそうです。
『布袋尊、弁財天、恵比寿、毘沙門、大黒天、寿老人、弁財天を表しています。6人しかいない七福神にお客様の笑顔を足して、七福神にしてあげてください。』(HPより抜粋)
おおお、なんかしゃれてますねえ。

そして、いろいろ悩みましたが、時間もなかったので五個入りを買いました。
人形焼シンプルですが、なんかしゃれてるでしょ?いいかんじ。
人形焼わあ、かわいい!誰が誰だかはちょっとはっきりわからないですけど、前列の左は毘沙門さんで、真ん中は布袋さん?ううう、見分けがいまいち…
人形焼こしあんがたくさん入ってます!
うわあ、美味しい!

ねっとりと濃厚。でも甘味は適度。丁寧に作ってらっしゃるのがよくわかります。

皮がはちみつと卵の風味がはっきりとしているので、こしあんもしっかりと風味がないとバランス崩れちゃうだろうなあ。絶妙なバランスです。

5個で500円って、大きさの割にちょっとお高い?なんて思っちゃいましたが、さにあらず。しっかりとしてるので、一個でも十分満足感があります。丁寧に作られているからでしょう、既製品の人形焼とは別物。ちょっとしたお持たせでさらっとこういうものを用意できると、なんだかおとなな気がするなあ。いいなあ。

板倉屋
http://www.itakuraya.com/

イシブカツvol.10  あついぞ!熊谷&深谷①「関東石もの」の聖地へ


イシブカツ
記念すべき第10回目
またまたちょっと久しぶりになってしまいましたイシブカツ。前回の「東京真ん中編」から、ふと気が付いたら二か月以上経過。油断なりませんねえ。

そんなこんなで、今回はなんと記念すべき10回目だったりするのです。イシブカツ、感動の10回目は、やはり「熊谷」ですよ!!
実は、石部が愛してやまない「板碑」の最古は熊谷市にあるんです。そして第一回イシブカツも熊谷巡礼から始めたのでした。まさに「聖地」と言って過言でない場所!!

しかし、熊谷といえば数年前日本最高気温をたたき出し、「あついぞ!熊谷」キャンペーンで有名です。何もこの暑いさなかに行かなくてもいいような…

「いや、だからこそ行く。暑い熊谷をあえて味わいたい!」

熊谷のやばい暑さを知ってひよる私に、石田石造(女)センパイがこぶしを振り上げる如く言い放ちました。そこまで言われちゃあ私もこぶしを振り上げざるを得ません。熱中症にならないように、せめてかき氷「雪くま」を食べるぞ!といつも以上にリキをいれてリサーチを開始。そして今回は、熊谷の北部と深谷エリアの石ものを見て廻ろう、と予定を立てました。

深谷エリアの石ものもアツイ!
熊谷は、平家物語でも有名な「熊谷次郎直実」の出身地ですし、有力鎌倉武士の地だというのはよくわかっていました。なので、鎌倉時代の立派な板碑がたくさんあるのはよくわかっていたんですけど、そのお隣の深谷市は盲点でした。石部の根本教典(?)である川勝先生の『日本石造美術事典』に掲載されていなかったことも大きな理由です。

調べてみますと、確かに板碑はあまりないですが、立派な五輪塔が数基あります。私たちはまず、その五輪塔を見て廻ることにしました。

まず訪れたのは、「平忠度(たいらのただのり)の墓」。深谷駅から車で5分ほど。歩いても15分くらいの清心寺境内にあります。
清心寺立派なお寺ですよね!……いや、実は私たち、深谷駅周辺に来てちょっと驚きました。ほんとなめててごめんなさい、というかんじなんですけど、神社やお寺が多く、しかもとても立派なんです。
さらに少し車を走らせていると、美しい小川がそこかしこを流れていて、水が豊かなことがわかります。こういう環境は、間違いなく「豊かな土地」ってやつです。熊谷もそうですけど、こういう土地に鎌倉時代有力ご家人がいたというのはとてもわかりやすい。納得の地勢です。
清心寺そしてきよぎよしく立派な本堂。ドドーンとしていて「武士!」ってかんじ。かっこいいですね。こちらのお寺は、室町時代、深谷を領していた深谷上杉氏の有力家臣だった岡谷氏創建だそうです。

平忠度さんと岡部六弥太さんの因縁
お寺の門をくぐってすぐ左にお目当ての五輪塔はありました。でも、本堂でまずはご挨拶…というわけで、お参りを済ませてから改めて入り口付近に戻ります。
平忠度の墓標はいこちら!
立派な看板もあります。「平忠度公墓」。

さて、この「平忠度」さんですが、どんな人と申しますと、平清盛の異母弟です。弟と言っても26歳も年下。紀伊半島の熊野で生まれ育った人らしい。

武人としても見事な人だったらしいですが、歌人としても有名だったそうで、一ノ谷の戦いで、源氏方のご家人、岡部六弥太忠澄(おかべろくやたただすみ)に討ち取られた時も、敵味方なくとても惜しまれたんですって。

実は、この五輪塔も「墓」となってますけど、実際には骨が入ってるわけではなく「供養塔」なのです。平忠度を打ち取った張本人である岡部六弥太が、その死を悼み、供養のために自分の領地の一番景色のよい場所に、この五輪塔を建てたんだそうですよ。いやあ、なんかいい話ですよね。
平忠度五輪塔こちらがその五輪塔です。火輪(笠)や水輪(丸い真ん中の部分)の様子を見るとそれほど古くなさそうに見えます。古くても鎌倉後期くらいじゃないかな…。市の文化財資料をみますと「鎌倉~室町」とあります。定かでないんですね。

この塔を建てたという岡部六弥太は、1197年(鎌倉初期)に亡くなってますので、時代が合わなくなっちゃいますね。ううむ。しかし、この塔は鎌倉初期まではいかないですよねえ。ううむ。

とはいえ、この塔のすっきりとさわやかな印象はいいかんじです。伝承にある「平忠度」の文武両道な人物像と、それを悼む武人・岡部六弥太の印象ととてもよく合ってます。

さて、そしてその横には、板碑もありましたよ。
板碑こちらは、深谷市指定文化財になっていますが、詳細不明。資料によると「鎌倉」とだけありますね。上部分が欠けてしまってますが、残っている蓮台の様子なんかを見ますと、キリッ&スパっなかっこいいかんじ。鎌倉中後期、かな~。ううう、わからない。
#どなたか、ご存知の方、ぜひ教えてください!!

(続く)